硝子ノ指環ト氷菓子

 

作者 片摩 廣

 

 

 

登場人物

 

 

涼風 夏純(すずかぜ かすみ)・・・商店街で出会う女性

 

渋沢 隼人(しぶさわ はやと)・・・商店街に迷い込む男性

 

渋沢 旭昇(しぶさわ あきのり)・・・隼人の祖父 隼人と兼ね役

 

 

比率:【1:1】

 

上演時間:【60分】

 

 

※オンリーONEシナリオ2022

 

 8月、テーマにしたシナリオ

 

 

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CAST

 

涼風 夏純:

 

渋沢 隼人:

 

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涼風:(N)「・・・声が聴こえた。何処か懐かしいような心地良い声・・・。

       でも、知らない声なのに・・・、気になって仕方ないのは、どうして・・・?

       貴方は一体、誰なの・・・?」

 

 

 

 

 

 

渋沢:(N)「その日は、とても蒸し暑い日で・・・、普段は寄り道しないで帰る俺も、一時(いっとき)の涼を求めて歩いていた・・・」

 

 

 

渋沢:「ん? こんな所に、商店街なんてあったか・・・?」

 

 

 

渋沢:「まぁ良い・・・。商店街なら、何かお店でもあるだろうし、寄って行こう・・・」

 

 

 

渋沢:(N)「・・・初めて訪れる商店街だった。

       何処か昭和の雰囲気を残すアーケードを潜ると・・・、

       目の前には、老朽化してシャッターの閉まっている店ばかり見える・・・。

       きっと最近、次々と開発されるモールの影響で潰れたんだろう・・・。

       その光景に寂しさを感じながらも、奥に進んでいくと・・・、ふと、一軒の古い駄菓子屋が目に入った・・・」

 

 

 

渋沢:「駄菓子屋か~。・・・小さい頃は、友達とよく買いに行ったよな。・・・よし、入ってみるか・・・」

 

 

 

渋沢:(N)「店内に入ると、懐かしい駄菓子の数々に、思わず心が躍った・・・。

       子供の頃、親から貰ったお駄賃を握りしめ・・・、無我夢中で駄菓子屋に向かったものだ。

       限られたお金の中で、その時に食べたい物を探すからなのか、

       沢山のお宝から、たった一つの財宝を見つけるみたいで・・・。気分は、海賊になったようにも思えた・・・。

       そんな当時の事を思い出しながら、店の奥に歩いて行くと・・・、

       アイスを入れてある、古い冷凍ケースを見つけた・・・。

       中には、メロンボールやホームランバーなど、懐かしいアイスもあったが・・・、

       今の俺には、一際魅力的なアイスがあったので、それを取ろうと思わず手を伸ばした・・・その時だった!」

 

 

 

涼風:「あっ・・・」

 

 

渋沢:「あっ・・・」(同時に)

 

 

 

涼風:「すみません・・・。良ければ、どうぞ・・・」

 

 

 

渋沢:「あっ、いや!・・・、そっちこそ、どうぞ・・・」

 

 

 

涼風:「いいえ・・・! それじゃあ、申し訳ないです・・・。

    これ・・・、最後の一個みたいですし・・・」

 

 

 

渋沢:「良いんですよ! 俺、本当はこっちのメロンボールも気になってたんで。

    遠慮せず、持って行ってください・・・!」

 

 

 

涼風:「そうだったんですね・・・。それじゃあ、遠慮なく・・・」

 

 

 

渋沢:(N)「・・・最後のその一個のアイスに、未練を残しつつも、メロンボールを手に取ろうとした時だった」

 

 

 

涼風:「あの・・・! もし、良ければ、このアイス、分け合いっこしませんか?」

 

 

 

渋沢:「え? ・・・でも」

 

 

 

涼風:「この商店街の奥に、小さな公園があって、ベンチもあるんで・・・、嫌でなければ、御一緒に・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・じゃあ、お言葉に甘えて・・・」

 

 

 

涼風:「良かった・・・」

 

 

 

渋沢:「それじゃあ、俺、お会計して来ますね」

 

 

 

涼風:「えっ、それなら・・・、お金・・・」

 

 

 

渋沢:「別に、このくらい良いですよ! 気にしないでください!」

 

 

 

涼風:(N)「そう笑顔で、彼は言い終わると、奥にいる店主のおばあちゃんの元へと、歩いて行った・・・」

 

 

 

 

 

 

渋沢:「お待たせしました・・・。じゃあ、行きましょう」

 

 

 

涼風:「あっ・・・、それじゃあ、案内しますね」

 

 

 

渋沢:(N)「公園に向かい歩いていると、その女性は話しかけて来た」

 

 

 

涼風:「・・・この商店街、雰囲気、良いですよね」

 

 

 

渋沢:「・・・シャッター閉まってるお店ばかりだけどね」

 

 

 

涼風:「私は好きですよ。こういう雰囲気も・・・」

 

 

 

渋沢:「あっ・・・、それで、あの駄菓子屋さんも?」

 

 

 

涼風:「そうなんです・・・。もう、見た時、一目惚れでした・・・!

    あ~、これこそ、私の求めていた場所だって・・・」

 

 

 

渋沢:「相当、気に入ったんだね・・・」

 

 

 

涼風:「勿論です! あのお店、まるで沢山の宝石の中から、一際輝く宝石を見つけるみたいで楽しいんです!」

 

 

 

渋沢:「え?」

 

 

 

涼風:「あっ・・・、私ったら、つい・・・。一人で、盛り上がって、すみませ・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・(笑う)!」

 

 

 

涼風:「え? 私、笑う程、可笑しな事を言いましたか?」

 

 

 

渋沢:「違うんだ・・・。俺と同じ考えの人、異性で初めてだったから嬉しくて」

 

 

 

涼風:「ふふ・・・、私達、気が合いますね」

 

 

 

渋沢:「そうみたいだね」

 

 

 

涼風:「あっ・・・、着きました、此処です。・・・あのベンチに座って食べましょう」

 

 

 

渋沢:「あぁ・・・」

 

 

 

 

 

 

涼風:「それじゃあ、はい、どうぞ・・・」

 

 

 

渋沢:「ありがとう・・・。・・・う~ん、この味だ。・・・久しぶりに食べたけど、やっぱ美味しいな~」

 

 

 

涼風:「・・・世の中に、こんなに美味しい物があったんですね~」

 

 

 

渋沢:「え? もしかして・・・パピコを食べた事、無かったの?」

 

 

 

涼風:「はい、初めて食べました。・・・本当に良い時代なんですね・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・パピコで、そこまで思った事は無かったけど・・・、

    こうして、此処で、君と食べれるし良い時代なのかもね」

 

 

 

涼風:「美味しかった~。アイス、ご馳走様でした。・・・私は、涼風 夏純(すずかぜ かすみ)です。貴方は?」

 

 

 

渋沢:「あっ、名前か。・・・俺は、渋沢 隼人(しぶさわ はやと)だよ」

 

 

 

涼風:「・・・・・・渋沢さん・・・」

 

 

 

渋沢:「どうかした? 俺の名字、そんなに珍しいかな~?」

 

 

 

涼風:「え? あぁ・・・、何でもないです・・・。素敵な名前ですね」

 

 

 

渋沢:「・・・さてと、俺はそろそろ家に帰ろうかな~。

    ねぇ、涼風さん、家はどこら辺?」

 

 

 

涼風:「え?」

 

 

 

渋沢:「俺、駅の向こう側に住んでるのだけど、涼風さんも同じ方向なら一緒に・・・」

 

 

 

涼風:「あ~、この後、予定があるから、気持ちだけ貰っておきますね・・・」

 

 

 

渋沢:「そう・・・。わかった。・・・ごめんね、突然、こんな事を言いだして・・・」

 

 

 

涼風:「謝らないでください・・・。渋沢さんは、何も悪くないです・・・。

    ・・・悪いのは、私の方だから・・・(小声)」

 

 

 

渋沢:「え?」

 

 

 

涼風:「何でもないです。・・・あの、またこの商店街で会えますか・・・?」

 

 

 

渋沢:「勿論だよ。涼風さんから誘ってくれて嬉しいよ。今度は、いつ会える?」

 

 

 

涼風:「・・・3日後、夕方頃から、この商店街で夏祭りが開かれるんです・・・。

    ・・・良ければ、一緒に観て回りませんか・・・?」

 

 

 

渋沢:「良いよ、それで。・・・3日後、楽しみにしてる。じゃあね」

 

 

 

涼風:「それじゃあ、また・・・」

 

 

 

涼風:「渋沢・・・。・・・私達の運命は、あの時から途切れて無かったんだ・・・。嬉しい・・・。

    ・・・嬉しいけど・・・、でも、私には・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

渋沢:(N)「仕事の合間にも、涼風さんの事を思い出していた・・・。

       ・・・どうやら俺は、とても単純のようだ・・・。

       ・・・アイスケースで、彼女と手が触れて、お互いを見た時も・・・。

       公園のベンチで、美味しそうにパピコを食べてる彼女の嬉しそうな表情を見た時も・・・。

       ・・・その一つ一つの仕草に・・・、気付くと、惚れ始めていた・・・」

 

 

 

 

渋沢:「・・・後、2日・・・。・・・早く当日にならないかな~。

    そうだ、涼風さんに、他のアイスも教えてあげよう・・・。

    喜んでくれると良いな~」

 

 

 

渋沢:(N)「こんなに浮かれたのは、いつぶりだろう・・・。

       仕事も、恋愛も、人並みに経験してきたからか・・・、・・・そんな感情は少しずつ減って行った・・・。

       そんな時に、出会ったからなのだろうか・・・。とにかく彼女に・・・、涼風さんに、早く会いたい・・・。

       ・・・会って色々、話がしたい・・・。

       これじゃあ、思春期の青年時代に戻ったようじゃないか・・・と、俺は思わずその場で苦笑した・・・」

 

 

 

 

涼風:(N)「・・・初めて恋をしたのは、いつだっただろう・・・。

       ・・・気付くと、私はあの人の事を好きになっていた・・・。

       その彼も、最初は恥ずかしそうに顔を赤らめながら・・・、

       こっちを見たり・・・、私の手を、掴もうとしたり・・・。

       その度に、私達は顏を赤らめ・・・、お互いの心音が聴こえるかもしれないと緊張して・・・、何も出来なくて・・・。

       ・・・丘から、街の風景を、ただ二人で見続けていた・・・。

       でも、そんな時間が掛け替えなくて嬉しかった・・・。そう・・・、あの時までは・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

渋沢:(N)「3日後・・・。約束の日がやってきた。・・・仕事が終わると一目散に、あの商店街を目指した・・・。

       ・・・商店街が近付く度・・・、同じように祭りに行く人達だろうか・・・?

       ・・・色とりどりの浴衣を着た人達が、増え始めていた事に気付いた・・・。

       その雰囲気を楽しみながら、あの公園を目指し歩くと・・・、

       そこには、同じように浴衣を着た彼女が立っていた・・・」

 

 

 

 

涼風:「こんばんわ・・・。渋沢さん」

 

 

 

渋沢:「こんばんわ・・・」

 

 

 

渋沢:(N)「その時の彼女は、長い髪を結いあげていて、

       濃紫(こむらさき)に、蝶の柄の落ち着いた浴衣姿だった・・・。

       初めて会ったあの夜とは、違う雰囲気に、思わず見惚れてしまった・・・」

 

 

 

涼風:「・・・着物、似合ってないですか?」

 

 

 

渋沢:「あっ・・・、いや・・・」

 

 

 

渋沢:(N)「俺は彼女の問いかけに、言葉を濁した・・・。似合ってないわけない・・・。

       ・・・素直に似合ってるよ。そう言えば良いだけなのに・・・。

       その・・・、たったその一言が・・・、緊張して言えなかった・・・」

 

 

 

涼風:「・・・今日の為に、用意したのですが・・・、やはり似合ってませんか・・・。はぁ・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・綺麗だよ・・・」

 

 

 

涼風:「え?」

 

 

 

渋沢:「とても似合ってる・・・」

 

 

 

涼風:「本当ですか? ・・・とても嬉しいです・・・。(微笑む)

    あっ・・・」

 

 

 

渋沢:(N)「恥ずかしがり、すぐに俯く姿を見て・・・、俺は、彼女の事が、やはり好きなんだと気付いた・・・」

 

 

 

涼風:「あの・・・」

 

 

渋沢:「あの・・・!(同時に)・・・あっ・・・」

 

 

涼風:「ふふふ・・・。・・・渋沢さんから、どうぞ」

 

 

 

渋沢:「・・・そろそろ、出店、見に行かない?」

 

 

涼風:「それもそうですね。それじゃあ・・・、何処から、見て回りますか?」

 

 

 

渋沢:「あっ、じゃあ、此処に来る途中に気になった、射的からどうかな?」

 

 

 

涼風:「私達、本当に気が合いますね・・・。私も今、提案しようと思ってました」

 

 

 

渋沢:「本当に?」

 

 

 

涼風:「はい・・・! そうと決まれば、早く行きましょう! 渋沢さん・・・!」

 

 

 

渋沢:「うん・・・!」

 

 

 

渋沢:(N)「そう言い、俺の手を強引に繋ぎながら、人混みを走り抜け、

       射的に向かう彼女の姿を見て・・・、俺は、思わず笑みがこぼれた・・・」

 

 

 

 

 

 

涼風:「・・・いっぱい景品、並んでますね」

 

 

 

渋沢:「そうだね。・・・何か取って欲しい物、ある?」

 

 

 

涼風:「え? ・・・それじゃあ、あの一番上の段の一番左にある箱が・・・」

 

 

 

渋沢:「オッケー・・・。俺に任せて。・・・おじさん、はい、お金・・・。

    ・・・ようし、涼風さん、待っててね・・・」

 

 

 

涼風:(N)「私の指さした先の景品を、彼は見ると、目を細め集中して、引き金を引いた・・・」

 

 

 

渋沢:「あっ、くそ~・・・!」

 

 

 

涼風:「あ~! 今のは惜しかったですね・・・!」

 

 

 

渋沢:「後、もう少し左だったね! ・・・ようし、次こそ・・・!」

 

 

 

涼風:「今度は、大丈夫ですよ。・・・頑張って、渋沢さん・・・!」

 

 

 

渋沢:「おう、任せといて・・・!」

 

 

 

涼風:(N)「・・・気付くと、彼の事を応援していた・・・。

       どうしてだろう・・・。・・・彼の頑張る姿を見てると、胸が高鳴って応援したくなる・・・。

       まるで、あの頃に戻ったみたいだ・・・。」

 

 

 

渋沢:「よっしゃ~!!! ふ~・・・。・・・はい、お待たせ。涼風さん・・・。

    ・・・ん? どうかした・・・?」

 

 

 

涼風:「・・・何でもないです。・・・うわぁ~・・・、取れたんですね~」

 

 

 

渋沢:「勿論だよ。・・・はい、じゃあ、どうぞ」

 

 

 

涼風:「・・・ありがとうございます・・・。・・・うわぁ~~、とても綺麗~・・・!」

 

 

 

渋沢:(N)「彼女の欲しがってた箱の中に入っていたのは・・・、一つの硝子の指環だった・・・。

       硝子細工で出来た宝石が、色とりどりに輝いて・・・、綺麗だ・・・。

       その指環を、まるで子供のように、無邪気に笑って眺めている姿が、とても可愛く見えた」

 

 

 

涼風:「あっ・・・、色が変わった・・・。・・・綺麗・・・」

 

 

 

渋沢:「ねぇ、それ貸して」

 

 

 

涼風:「え? うん・・・」

 

 

 

渋沢:「ありがとう。・・・じゃあ、指を出して・・・」

 

 

 

涼風:「え? それって・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・駄目かな・・・?」

 

 

 

涼風:「・・・」

 

 

 

渋沢:(N)「・・・彼女は何も言わず、俺に自分の薬指を差し出した・・・」

 

 

 

 

 

 

渋沢:(N)「その後も、俺達は色々見て回った・・・。

       鯛焼きに、りんご飴に、型抜きに、綿菓子・・・。

       ・・・俺の隣で、喜んで夢中になってる彼女・・・。

       ・・・この幸せな時間が、一生続けばと・・・、その時の俺は、願っていた・・・」

 

 

 

涼風:「あっ・・・、その綿菓子、食べないのですか?」

 

 

 

渋沢:「え?」

 

 

 

涼風:「隙あり・・・!」

 

 

 

渋沢:「あああああ・・・!!!」

 

 

 

涼風:「ふふふ・・・、甘くて美味しい」

 

 

 

渋沢:「俺の取らなくても、そんなに食べたいなら買いに戻るけど・・・?」

 

 

 

涼風:「・・・渋沢さんのだから、欲しくなったんです。だから、この一口で満足ですよ!」

 

 

 

渋沢:(N)「そう言って、無邪気に笑う姿も・・・、可愛いと思った・・・」

 

 

 

涼風:「どうかしました?」

 

 

 

渋沢:「何でもないよ・・・」

 

 

 

 

 

 

涼風:「あ~・・・、楽しかった~・・・。こんなに笑ったりしたのは、いつぶりだろう・・・。

    渋沢さん、今日はありがとうございました」

 

 

 

渋沢:「俺も楽しかったよ。今日は誘ってくれて、ありがとうね。

    あっ、そうだ・・・。涼風さん、先に公園で待っていて」

 

 

 

涼風:「え? 何処へ行くんですか?」

 

 

 

渋沢:「ちょっとね~」

 

 

 

涼風:「・・・」

 

 

 

 

 

 

 

渋沢:「お待たせ~」

 

 

 

涼風:「お帰りなさい。一体、何処に行ってたんですか?」

 

 

 

渋沢:「それはね~・・・。はい、これ」

 

 

 

涼風:「メロンボール・・・? 何だか、可愛い容器ですね」

 

 

 

渋沢:「良いから、中を開けて見て」

 

 

 

涼風:「はい・・・。・・・あっ、アイスなんですね・・・」

 

 

 

渋沢:「このアイスも美味しいから、涼風さんに食べさせたかったんだ・・・」

 

 

 

涼風:「・・・渋沢さん。・・・ほんのり甘くて美味しい・・・」

 

 

 

渋沢:「食べた後の容器は、ペン立てにしたり、小物入れにも出来るよ」

 

 

 

涼風:「それも良いですね。・・・本当、色んなアイスがあるんですね・・・」

 

 

 

渋沢:「気に入ってもらえて良かった~。他にも色々、買ってきたんだよ。

    このアイスもね~・・・」

 

 

 

涼風:「・・・あの、渋沢さん・・・」

 

 

 

渋沢:「何、どうしたの・・・?」

 

 

 

涼風:「・・・」

 

 

 

渋沢:「ひょっとして、さっきの指環の事かな・・・?」

 

 

 

涼風:「はい・・・」

 

 

 

渋沢:「あれは・・・、涼風さんがあまりにも綺麗なのと・・・、

    お祭りの雰囲気で、つい・・・」

 

 

 

涼風:「私も・・・、渋沢さんの行動に、胸が高鳴りました・・・」

 

 

 

渋沢:「本当に・・・!? ・・・嬉しいよ・・・。それじゃあ・・・」

 

 

 

涼風:「私、渋沢さんの事、大好きです・・・。

    もっと、一緒に色んなアイスも食べてみたいです・・・。

    ・・・食べて見たいけど・・・。

    でも・・・、私は・・・」

 

 

 

渋沢:「あっ・・・、幾ら何でもあの行動は早かったよね・・・。

    別に返事は急がないから・・・。家に帰って、ゆっくり考えてみて。

    悪い・・・、俺、そろそろ帰るね・・・! じゃあ、またね・・・!」

 

 

 

涼風:「あっ、待ってください! ・・・お願い・・・、待って・・・!

    ・・・渋沢さん・・・。・・・。

    ・・・ごめん・・・なさい・・・」(その場で泣き崩れる)

 

 

 

 

 

渋沢:(N)「俺は、彼女の待ってという言葉を振り切って、その場を後にした。

      正直・・・、彼女からの返答を訊くのが怖かったからだ・・・。

      射的場の前で、黙って指を差し出してくれた時・・・、

      一体、彼女は何を考えていたのだろうか・・・。その事が、俺の頭の中で何度も繰り返していた・・・」

 

 

 

 

涼風:(N)「彼の気持ちが一緒に居て、痛い程、伝わって来た・・・。

       真っ直ぐな好きという気持ちが・・・、とても心地よくて・・・、

       今夜の祭りも、このまま永遠に続けば良いと・・・、つい、願いたくなる・・・。

       でも、この溶けかけのアイスのように・・・、永遠に変わらない事なんて存在しない・・・。

       わかっているのに・・・、彼に触れられた手の温もりが・・・、いつまでも消えない・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

渋沢:(N)「あれから数日後、お盆休みの日。

      俺は、亡くなったお爺ちゃんの家に訪れていた・・・」

 

 

 

 

渋沢:「・・・此処は、小さい頃に遊びに来た時と何も変わらないな~」

 

 

 

渋沢:(N)「懐かしさを感じながら、お爺ちゃんの遺品を片付けていると・・・、一枚の写真が畳の上に落ちた・・・」

 

 

 

渋沢:「ん・・・? 今、何か落ちたような・・・。・・・これって、お爺ちゃんの若い頃の写真・・・?

    え・・・!?」

 

 

 

渋沢:(N) 「そこには、俺にそっくりな若い頃のお爺ちゃんと・・・、

       その横で、満面の笑顔で笑っている・・・、一人の女性が写っていた・・・。

       その女性は・・・、・・・涼風さんと瓜二つだった・・・」

 

 

 

渋沢:「どうして涼風さんが・・・? いいや、そんなはずはない・・・。人違いのはずだ・・・」

 

 

 

渋沢:(N)「・・・裏を見てみると、そこにはお爺ちゃん名前と・・・、女性の名前が書き記してあった・・・。

      その名前は・・・、涼風 夏純(すずかぜ かすみ)・・・。涼風さんと同じ名前だった・・・」

 

 

 

渋沢:「こんな事・・・、嘘だろう・・・。いいや、これは何かの悪い夢だ・・・。

    だって、そんな事・・・。・・・くそっ・・・!!!」

 

 

 

渋沢:(N)「気付くと、俺はお爺ちゃんの家から、飛び出し走り出した・・・!

      ・・・そう・・・、彼女と出会ったあの商店街に・・・。

      ・・・こんな事は現実に起こるはずがない・・・。あれは何かの間違いだと・・・。

      混乱する頭で無我夢中に走った・・・。息を切らしながら、商店街に向かうと・・・、

      アーケードの入口から、少し奥に彼女は立っていた・・・。

      その表情はとても暗く・・・、その表情を見た瞬間・・・、紛れもない現実なんだと打ち拉(ひし)がれた・・・」

 

 

 

 

涼風:「渋沢さん・・・。・・・必ず来ると思い待ってました・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・ねぇ、涼風さん・・・! そんな所に居ないで、こっちに来て・・・!」

 

 

 

渋沢:(N)「俺は、アーケードの入口から、彼女に向かって手を差し伸べた」

 

 

 

涼風:「・・・・・・・・・。」

 

 

 

渋沢:「黙ってちゃ分からないよ。・・・ほらっ、早くこっちに・・・!」

 

 

 

涼風:「・・・ごめん・・・なさい・・・。私は・・・そっちに行く事は出来ません・・・」

 

 

 

渋沢:(N)「長い沈黙の後に、彼女はそう答えた・・・。

      ・・・心の中では・・・、そうじゃないかと気付いていた・・・。

      初めてあった時も、一緒に帰ろうと言った時に、無理して笑っていた彼女・・・。

      彼女のその言葉で・・・、全て合点がいった・・・」

 

 

 

涼風:「・・・渋沢さん・・・」

 

 

 

渋沢:「何・・・?」

 

 

 

涼風:「・・・全て、話します・・・。・・・公園に行くので、付いて来て下さい」

 

 

 

渋沢:「あぁ・・・。わかった・・・」

 

 

 

 

 

 

涼風:「・・・渋沢さん、いつから気付いてたんですか・・・」

 

 

 

渋沢:「今日、お爺ちゃんの家に遺品整理に行ったんだ・・・。その時に、箪笥から一枚の写真が落ちて・・・、

    それを拾った時だった・・・。そこには、若い頃、俺にそっくりなおじいちゃんの姿と・・・、」

 

 

 

涼風:「・・・その横で、笑っている私の姿ですね・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・」

 

 

 

涼風:「・・・懐かしい声が聴こえたんです・・・。

    ・・・大好きで、堪らなかった人の声・・・。

    でも・・・、よく聴いてみると、似ているだけで知らない声だった・・・。

    ・・・それなのに、何故か気になって・・・、声のする方に行くと、そこに貴方が居た・・・。

    ・・・その姿を見た時、驚きました・・・。・・・貴方は、私の愛していた彼に、そっくりだったから・・・」

 

 

 

 

渋沢:「・・・俺のお爺ちゃんに・・・だね・・・」

 

 

 

涼風:「はい・・・。こうして近くで見ても思います。・・・貴方と彼は瓜二つだって・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・質問して良い?」

 

 

 

涼風:「・・・良いですよ」

 

 

 

渋沢:「・・・涼風さんは・・・、その・・・、もう・・・」

 

 

 

涼風:「そんなに言葉を濁さなくても大丈夫ですよ・・・。はい・・・、私はもう亡くなっています・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・やはり、そうなんだ・・・」

 

 

 

涼風:「・・・貴方と出会うまで、私はこの商店街を、一人で彷徨っていました・・・。

    ・・・どんなに外に出たいと願っても・・・、私は、このアーケードの先からは出られません・・・」

 

 

 

渋沢:「一体、此処で何が起きたんだ・・・?」

 

 

 

涼風:「・・・あれは、昭和18年。・・・私も彼も19歳の時でした・・・。

    ・・・第二次世界大戦で、日本での徴兵対象年齢が、19歳に下げられた年・・・。

    ・・・私は彼と・・・、住んでいる街の見える丘で、一緒に居ました・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

(昭和19年)

 

 

 

 

渋沢:「・・・夕日が綺麗だな・・・」

 

 

 

涼風:「・・・うん、綺麗・・・」

 

 

 

渋沢:「あのさ・・・」

 

 

 

涼風:「あの・・・」(同時に)

 

 

 

渋沢:「・・・あっ・・・」

 

 

 

涼風:「ふふふ・・・。旭昇(あきのり)さんから、先にどうぞ・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・夏純(かすみ)・・・俺、徴兵に選ばれたんだ・・・」

 

 

 

涼風:「え・・・!? ・・・それは、良かったね。・・・おめでとう・・・」

 

 

 

渋沢:「ありがとうよ・・・」

 

 

 

涼風:「・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・」

 

 

 

涼風:「ねぇ・・・、一体いつから・・・?」

 

 

 

渋沢:「一週間後・・・。・・・父さんも母さんも喜んでくれたよ・・・。

    ・・・お国の為に、立派に精一杯、頑張って来なさいと・・・」

 

 

 

涼風:「そう・・・」

 

 

 

渋沢:「今の日本の為に、命をかけて戦う事は素晴らしい事なんだ!

    わかっては居るけど・・・。

    でも・・・、本当は俺、怖くて、怖くて・・・、堪らないんだ・・・。

    こうして、夕日が沈み・・・、日にちが近付く度に・・・、俺は不安で、不安で・・・。

    生きて帰れるかもわからないし・・・、お前ともう会えないかもって考えると・・・!」

 

 

 

涼風:「この意気地なし!!!」(頬をぶつ)

 

 

 

渋沢:「・・・夏純(かすみ)・・・」

 

 

 

涼風:「怖いのは、分かってるよ・・・。さっき、お互い手を握ってる間も・・・、

    旭昇(あきのり)さんの手、震えてるんだもん・・・。

    ・・・無事に戻って来れるかも分からないし、怖いよね・・・。

    ・・・私だって・・・、旭昇さんが、この世から消えるなんて考えたら、心が張り裂けちゃうよ・・・」

 

 

 

渋沢:「夏純・・・」

 

 

 

涼風:「でもね・・・。お願い・・・、今から弱音なんて吐かないで・・・!

    笑顔で、無事に帰って来るくらい言いなさいよ・・・! ・・・」

 

 

 

渋沢:「ごめん・・・。・・・俺が間違ってた・・・。なぁ・・・、夏純・・・」

 

 

 

涼風:「何・・・?」

 

 

 

渋沢:「戦争から無事に帰ってきたら、俺達・・・、結婚しないか・・・?」

 

 

 

涼風:「え・・・?」

 

 

 

渋沢:「・・・俺、夏純の作った、すいとん、毎日・・・、食べたい・・・」

 

 

 

涼風:「・・・馬鹿。・・・無事に戻ってきたら、そんな物より、もっと美味しい御馳走を沢山作ってあげるんだから・・・!」

 

 

 

渋沢:「楽しみにしてる・・・」

 

 

 

涼風:「それとね・・・」

 

 

 

渋沢:「ん・・・?」

 

 

 

涼風:「・・・帰ってきたら、旭昇さんとアイスを食べたり・・・、・・・夏祭りで、また射的もしたいな・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・わかった・・・。・・・無事に帰ってきたら、行こうな・・・」

 

 

 

涼風:「約束だからね・・・。・・・指切りげんまん、嘘ついたら針千本、飲~ます・・・、指切った~!

    ・・・私、この街で、ずっと帰りを待ってるから・・・!」

 

 

 

渋沢:「あぁ・・・、待って居てくれ・・・。夏純・・・」

 

 

 

 

 

 

 

(現代)

 

 

(商店街の奥にある小さな公園)

 

 

 

 

涼風:「それから私は、彼が帰ってくるのを待ち続けました・・・。

    彼が戦争に行ってから、一年が経った頃・・・。

    ・・・ついに、私の住んでる街も空襲が起きました・・・。

    彼との思い出の詰まった街が、見る見るうちに火に飲み込まれ燃えていく姿は・・・、

    私と彼の思い出が消されるようで・・・、とても苦しかった・・・。

    ・・・私は、彼との約束を守る為に、街外れにある防空壕(ぼうくうごう)に走りました・・・。

    すぐ後ろには、火が迫っていて私は必死に走りました・・・。

    此処で死んだら・・・、必死にお国の為に戦ってる彼に顔向け出来ない・・・!

    何より、無事に帰って来た彼を悲しませる・・・。

    ・・・どれだけ走ったでしょう・・・。

    ・・・ようやく、防空壕が見えて来て私は助かった・・・。そう思った時でした・・・。

    私の頭上を敵国の爆撃機が通り・・・、・・・・・・私は、防空壕の目の前で、爆死しました・・・」

 

 

 

 

渋沢:「・・・そんな・・・」

 

 

 

涼風:「・・・そうして、私はこの土地に、縛りつけられてしまい・・・、彼のその後も分からないままでした・・・。

    ・・・どんなに年数が経って、建物もそこに住む人々も移り変わっても・・・、

    私は、ただその光景を此処に縛られながら、見ているだけしか出来なかった・・・。

    ・・・これは、無事に彼にお帰りなさいと言えなかった・・・、私への罰なんでしょうね・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・」

 

 

 

涼風:「でも・・・、そんな私も、貴方と出会えた事で救われました・・・」

 

 

 

渋沢:「え・・・?」

 

 

 

涼風:「・・・旭昇(あきのり)さんが、戦争から無事に帰って来て結婚して、子供にも恵まれて・・・、

    幸せな人生を歩んだ事が、わかっただけで嬉しかった・・・。

    私は・・・、この先、何百年・・・、何千年・・・、この土地に縛られたとしても・・・、耐えて行けます・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・」

 

 

 

涼風:「・・・渋沢さん・・・。・・・いいえ、隼人・・・。・・・この商店街に、来てくれて・・・、ありがとう・・・。

    一緒に食べたアイス・・・、そして、お祭り・・・。・・・本当に、本当に、楽しかった・・・」

 

 

 

渋沢:「涼風さん・・・。・・・そんなの言い訳ないだろう・・・。

    何が、何百年・・・、何千年・・・、この土地に縛られても、大丈夫だよ・・・!

    俺は、そんな悲しい運命・・・、認めない・・・。断じて認めてやるもんか・・・!!!」

 

 

 

涼風:「隼人・・・。もう良いの・・・。私の事は、お盆が過ぎたら・・・、もう貴方でもわからなくなる・・・。

    ・・・そうなる前に・・・、ちゃんと真実を伝えられて・・・、私は・・・、満足だよ・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・ふざけんな!!! 俺は、夏純(かすみ)さんに、幸せになって貰いたいんだ・・・!!!」

 

 

 

涼風:「・・・え? 何・・・!? 指環が光って・・・!!? きゃああああああ・・・!!!」

 

 

 

渋沢:「夏純さん・・・!!!」

 

 

 

渋沢:(N)「その時だった・・・。

      夏純さんの、硝子の指環から眩しい光が溢れ出て、俺は思わず目を瞑った・・・。

      暫くして光が収まると・・・、俺にそっくりな、若い頃のお爺ちゃんが目の前に居た・・・」

 

 

 

 

涼風:「・・・旭昇さん・・・。・・・本当に、旭昇さんなの・・・?」

 

 

 

渋沢:「あぁ・・・、夏純・・・。随分、長い間・・・、待たせたな・・・」

 

 

 

涼風:「ごめんなさい・・・。私・・・、あの後・・・」

 

 

 

渋沢:「その指輪を通して・・・、全て聴いていたよ・・・。ずっと苦しい思いをさせて、すまなかった・・・」

 

 

 

涼風:「・・・ずっと、・・・ずっと・・・、会いたかった・・・。

    ・・・旭昇さん・・・! 

    もう、二度と離さないで・・・!」(旭昇に抱き着き、泣き叫ぶ)

 

 

 

渋沢:「あぁ・・・。もう二度と離さないよ・・・。・・・ただいま、夏純・・・」

 

 

 

涼風:「お帰りなさい・・・」

 

 

 

 

 

 

渋沢:「・・・隼人・・・。お前のおかげで、再び、夏純に会う事が出来た・・・。礼を言う・・・。

    ・・・さぁ、夏純・・・。そろそろ、行こうか・・・」

 

 

 

涼風:「ええ・・・。・・・隼人。・・・本当に、ありがとう・・・。・・・さようなら・・・」

 

 

 

 

渋沢:「夏純さん・・・。俺は貴方の事・・・、一生、忘れないよ・・・。お元気で・・・」

 

 

 

 

涼風:「隼人も元気でね・・・。ありがとう・・・」(光となって消えていく)

 

 

 

 

 

 

 

渋沢:(N)「それから数日後・・・。おばあちゃんに、その事を伝えに行くと・・・、

      何処か寂しそうな表情をしたが・・・、黙って頷くと、にっこり微笑んで、あの写真を仏壇に飾った・・・。

      これで・・・、お爺ちゃんも、夏純さんも、あの世で幸せに過ごせるだろう・・・。

      ・・・更に、半年後・・・。俺は、お爺ちゃんのお墓に足を運んだ・・・」

 

 

 

渋沢:「・・・久しぶり・・・。どうだい? そっちでの暮らしは・・・。

    そうそう・・・、今日はお爺ちゃんに、良い物を持ってきたよ・・・。

    これ、夏純さんも、気に入ってたアイスなんだ・・・。

    そっちで・・・、夏純さんと、仲良く分け合いっこして食べてくれよ・・・。

    じゃあ、またな。お爺ちゃん・・・。夏純さん・・・」

 

 

 

 

渋沢:(N)「俺は、そう言い終わると、お爺ちゃんのお墓に、一袋、彼女との思い出のアイスを置いてその場を後にした・・・」

 

 

 

 

 

 

 

終わり