私は、お一人様、650円

 

 

 

作者:ヒラマ コウ

 

  

登場人物

 

 

橘 慶子(たちばな けいこ)・・・29歳 お一人様、アラサーを迎え、怖い物はないと女を捨てても良いとすら最近思っている。

 

 

 

柴田 真佐人(しばた まさと)・・・29歳 30歳を前に結婚願望が強くなる。嘘が付けず本音でづかづかと

                       物を言ってしまう性格なので、モテない。

 

 

 

 

比率:【1:1】

 

 

 

上演時間:【40分】

 

 

 ※2021年、6月7日、加筆修正

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CAST

 

橘 慶子:

 

柴田 真佐人:

  

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橘(N):「私はいわゆるお一人様だ。世間では30歳までに結婚しないと、行き遅れとか言う奴もいるけど、

      そんなの、知ったこっちゃない。私は私だ。全然気にしない。むしろ、このまま1人だって、構わない。

      なのに、会社の連中は、やれ、結婚はまだか?後輩達は寿退社してるぞとか、五月蠅くて仕方ない」

 

 

 

 

 

橘:「お前らの人生に関係ないだろう! 私の人生なんだから、私の好きにさせろ!」

 

 

 

橘:「はぁー、スッキリした!」

 

 

 

橘(N):「誰もいなくなった会社の屋上で、ストレスが溜まると、私はこうやって、思いっきり叫ぶ。

      これがストレス発散には最高だ」

 

 

 

 

橘:「さてと、今夜は何処で食べようかな」

 

 

 

橘(N):「勿論、お一人様の私に、一緒に食べてくれる彼氏なんていない。だけど平気。周りは彼氏とのディナーに、

      化粧を2時間くらいかけて、やる女もいるが、私からしたら、ただの馬鹿だ。服装も化粧も、気にしない。

      服は着られれば、それでいい。化粧も5分もあれば終わる」

 

 

 

 

橘:「今夜はここにするか」

 

 

 

 

橘(N):「決めた場所は、私の定番にもなってるチェーン店の牛丼屋。女性が1人で牛丼屋に入るなんて女として終わってる。

      そう周りの彼氏持ちの女は、蔑んだような目で見る。だけど平気。

      こんなのは日常茶飯事。私は気にせずに、店へと入った」

 

 

 

 

橘:「すみません! 牛丼特盛、お味噌汁、御新香付きで!」

 

 

 

 

橘(N):「勢いよく注文する私を、男共は一斉に見る。中には笑ってる奴もいる。全く男は本当に、下らない生き物だ。

               その頭の中じゃ、女性と今夜1発出来たらななんて考えてる奴が大半だ。そんな男共からしたら、

      私は射程圏外ってなもんだろう」

 

 

 

 

橘:「来た来た! 待ってました! あっ、もう、髪の毛邪魔!」

 

 

 

 

橘(N):「なんで牛丼はこんなに魅力的なんだ。早く食べたいから、箸を咥えながら、邪魔な髪は髪留めでサッと固定する。

      髪留めって言ってもお洒落な物ではない。100均にあるような有り触れた髪留め。

      こんな性格だから、橘さんは、頼りになります。と後輩の女子に言われたこともある。

      だけどそれって、裏の意味は、そんな重い物持てるなんて、女性とは思えないって意味も含まれてるのだろう。

      現に、その後輩は、上から見下すような目をしていた」

 

 

 

 

橘:「よしっ、準備完了! さぁ、食いまくるんだから!」

 

 

 

橘(N):「準備も出来て、思いっきりがっつこうとした時、隣の席にいる見知らぬ男が口を開いた」

 

 

 

 

柴田:「女、捨て過ぎでしょ。おばさん。牛丼屋に1人で来るなんてさ」

 

 

 

橘(N):「おばさん。見ず知らずの男に、言われた初めての言葉。いつもなら、こんな馬鹿な男、ガン無視する。

      だけど、今夜の私はそれが出来なかった」

 

 

 

 

橘:「おばさんって誰の事?私はまだ29よ」

 

 

 

 

柴田:「29、崖っぷちだし。こんな所で、1人で食べてるくらいだ。そんなのとっくに、諦めてるんでしょ」

 

 

 

橘:「そんなの?」

 

 

 

柴田:「結婚だよ。まぁ、おばさんには無意味そう。世の中の女共はさ、その年齢なら、男が引くぐらい、合コンに行って、

    学歴、年収の高い男を探して、必死だったりするわけ。なのに、おばさんは今、牛丼をがっついてる」

 

 

 

 

橘:「私から言わせたら、そんな女共の方が馬鹿。男は下半身で女を見てるのをわかってる癖に、好きですとか、

   心にもない嘘を、男の前で平気で言う。男に恋するんじゃなくて、男に恋してる自分に酔ってるだけ。

   または、テレビドラマのヒロイン気取り」

 

 

 

 

柴田:「言うじゃない。じゃあさ、おばさんは、男の外見と内面。どっちを重視する?」

 

 

 

橘:「勿論、内面よ。外見なんて3日も一緒にいたら、慣れるって言うもんだし、いくらイケメンに恋い焦がれても、

   年を重ねれば、ただのおじさん。恋する気持ちも持って数年よ」

 

 

 

 

柴田:「その男が、内面はいくら良くても、外見がずっと見てられない程、不細工でも、そんな綺麗事言える?

    仮に、体は鍛えてて、そこそこ見られるとする。だけど、顔は一緒に歩くのを躊躇うくらいなら、どう?」

 

 

 

 

橘(N):「その男の質問に一瞬、答えが詰まる。そんな私を見透かすように、男は言い放つ」

 

 

 

 

柴田:「おばさんさ、内面なんって言っておきながら、言葉に詰まってるあたり、外見も気にしてるね。

    そこらの女と変わらないし、そんなおばさんが、男に振り向いて貰おうと、必死で努力してる女共を、

    馬鹿にする資格なんて、ないんじゃない?」

 

 

 

橘:「さっきから何?おばさん、おばさんって、連呼しないで!資格何それ。そんな物、必要ない」

 

 

 

柴田:「女捨ててるし、おばさんでしょ。それに、俺、大っ嫌いなんだよね。おばさんみたいに、

    男の居場所にづかづか気にせず入って、荒らす人。

    周り見てみなよ。ここは、どういう場所か」

 

 

 

橘:「ただのチェーン店の牛丼屋じゃない。もしかして、女だから入るなっていうわけ? それこそ、男女差別よ!」

 

 

 

柴田:「全然わかってないね。牛丼屋ってさ、男が1人で入っても、周りを気にせず、落ち着ける場所なんだよ。

    仕事で疲れて、明日の為に活力をつける人。女とのデートで、慣れない高級店での食事後に疲れて、

    普段の自分に戻るためと、お腹を満たすために立ち寄る人。カップルがいるお店には、周りの目が気になって入れずに、

    1人で唯一食べられるのは牛丼屋って人。色々な人がいる。

    そんな場所を、おばさんは何? さも自分の居場所みたいに、周りを気にせず、騒いで恥ずかしくないわけ?」

 

 

 

橘:「騒いだら行けないって事?」

 

 

 

柴田:「そうじゃない。周りの目を、気にしろって事。おばさんに、わかるように説明するならこうかな。人気店のお洒落な

    Cafeがあるとする。周りは女だらけ。そんな中に男が1人、入ってきて、お店の雰囲気をぶち壊すくらい、

    大声で騒いだりするわけ。そんな男がいたら、どう思う?」

 

 

 

 

 

橘:「出てけと思うし、お前の為に、高い金、出してるんじゃないって、愚痴も言いたくなる」

 

 

 

柴田:「それと同じだよ。今のおばさんが、正(まさ)しくそんな感じだから。理解したんだったらさ、

    周りに迷惑かけてないで、静かに食べなよ」

 

 

 

橘(N):「まるで、その男の言葉は、ここにいる男共の思ってる事を、代表して言ってるように感じた」

 

 

 

 

柴田:「ご馳走様。お会計お願いします。そして、皆さん、騒いですみません」

 

 

 

橘(N):「男は、周りの客に謝り、お店を出る。私も慌てて、お会計をして、その男を追っかける」

 

 

 

橘:「待って!」

 

 

柴田:「・・・」

 

 

橘(N):「男は何故か走り出した。全くどういうつもりか分からず、私は追いかける」

 

 

 

橘:「待ちなさいってば!」

 

 

 

 

橘(N):「時折、こちらの顔を見ながら男は走り続ける。いい加減、この追いかけっこを、終わらしたいと思った時、

      路地の行き止まりで、男はついに立ち止まる」

 

 

 

 

 

柴田:「おばさん、何か用?」(息を切らしながら)

 

 

橘:「用がなかったら、追いかけたりしない」(息を切らしながら)

 

 

 

柴田:「それで、何の用?」

 

 

 

橘:「さっきは、ごめん。あんたの言う通り、騒ぎ過ぎた」

 

 

 

柴田:「そんな強張った表情で、謝罪されてもね。それに、それを言うために、わざわざ、追いかけてきたわけ?」

 

 

 

橘:「そうよ」

 

 

 

柴田:「おばさんってかなり、変わってるね」

 

 

 

橘:「おばさんって名前じゃない。私は橘 慶子。あんたは?」

 

 

柴田:「今日、初めて会った女に、簡単に名乗ると思う?」

 

 

橘:「私は名乗った。あんたも名乗る権利ある」

 

 

柴田:「偽名かもしれないのに?」

 

 

橘:「偽名って何よ。正真正銘、私の本名よ!」

 

 

柴田:「こんな世の中でさ、警戒心無さすぎ。あっ、おばさんだから、仕方ないか」

 

 

橘:「何度も何度も、おばさん。いい加減にしてよね!」

 

 

柴田:「おばさんさ、俺に名前、覚えてもらいたいなら、もっと女らしくなりなよ。そうしたら、考えてあげる」

 

 

橘:「何であんたの為に、私がそんな事」

 

 

 

柴田:「俺さ、週1で夕食はあの牛丼屋で食べてるから、また来なよ。じゃあね」

 

 

 

橘(N):「そう言って笑いながら、男は去っていく。私は、どうしようもない怒りを残したまま、帰宅する」

 

 

 

 

 

 

柴田(N):「俺はモテない。理由はわかってる。昨日のおばさんに言ったみたいに、つい本音を言ってしまう。

       世の中の男共は、俺と違って、女に平気で嘘をつく。理由は簡単。女を落として、1発やる為。

       駄目だ。これじゃ、品がなさすぎるから、言いなおす。ワンナイトラブを楽しむ為。

       全く、そのパワーを俺に分けて欲しいとさえ思う時はある。だけど、人間、そう簡単に変わったりしない」

 

 

 

 

柴田:「またやっちまった。これで何度目だよ」

 

 

 

柴田(N):「昨日のおばさんとの、やり取りを思いだし、俺は後悔する。いつもこうだ。黙って、女の言ってる事に、

       笑顔で相槌を打ち、機嫌取りをしていれば、結婚まで漕ぎ着けるかもしれない。だけど、そう上手く行かない」

 

 

 

 

柴田:「あのおばさん、牛丼屋に来るかな。あれだけ言われたし、もう来ないかもな」

 

 

 

柴田(N):「俺は何気に、あのおばさんを気に入ったらしい。気付くと、考えてしまう。

       だけど、あれだけ言われて、そう易々と来るわけない」

 

 

 

柴田:「やはりいる訳ないか。帰ろう」

 

 

 

柴田(N):「牛丼屋の前を通る度に窓越しに、おばさんがいるか確認する。そして、いないのを確認すると、俺はその場を去った」

 

 

 

 

 

 

橘(N):「あれから1週間が経った。気付くと、私は仕事帰りに、その牛丼屋の前を通るのが日課になった。

      全く、私は何をしてるのだろう。週1とはいえ、時間も訊いてないのに、会えるわけが無い。

      それに、会って何を話すというのだ。また喧嘩するだけに決まってる。

      そう頭ではわかってるのに、心ではあの男に会いたがってる」

 

 

 

 

橘:「今日もいない。全く、いつ居るのよ」

 

 

 

橘(N):「ガッカリして帰宅する途中、ひと際目立つお店の店頭に飾られてる、お洒落な服に目が行く」

 

 

 

橘:「こんな格好したら、あの男も少しは、私を認めてくれるかも」

 

 

 

橘(N):「気付くと私は、そんな事を呟いてた。馬鹿馬鹿しい。なんであの男の為に、こんな気持ちにならないといけない。

      そんな事を思ってると、そのお店から出てきた女と目が合う。

      その女は、あんたに似会う服が、あるわけないでしょと言うかのように、

      笑みを浮かべて、去っていく。そうよ。こんな私が入れる店じゃない。

      わかってたはずなのに」

 

 

 

 

橘:「すみません! そこに飾っている服一式、試着したいんだけど!」

 

 

 

 

橘(N):「私は気付くと、お店に入りそう叫んでいた。当然、そんな私を、綺麗な店員や周りのお洒落な女は一斉に見る。

      全く女は面倒。この一瞬で、自分より下だとか、マウンティングを始めるんだから。

      どうして、あんたみたいな女がこのお店にいるの? 私達までダサく見えるから、早く出て行きなさいよ。

      そんな幻聴が聴こえるかのようだ。私は我慢ができずに、試着室に駆け込む」

 

 

 

 

橘:「(溜息)何、やってるのよ。私。馬鹿みたい」

 

 

 

 

橘(N):「気持ちを落ち着けると、私はサイズが合うのを確認した後、レジに向かう。その服、あんたが買うの?

      そんな周りの女からの視線を浴びながらも、会計を済ませお店を出て帰宅する」

 

 

 

 

 

 

 

 

柴田(N):「あれから2週間が経った。どうせ、いるわけないと思いつつ、俺はあの牛丼屋を目指す。

       お店が近付き、どうしようもない気持ちになった。いっその事、このまま帰ってしまおうかとさえ思った。

       だけど、それは出来なかった。何時ものように、お店の窓を覗いてみると、あのおばさんは居た」

 

 

 

 

 

柴田:「久しぶり。おばさん。もしかして、毎日、俺に会いたくて来てた?」

 

 

 

橘:「そんな訳ないでしょ。たまたまよ」

 

 

 

柴田:「その割には、今日の服装、えらく目貸し込んでるんじゃない?」

 

 

橘:「会社の飲み会があって、それでよ」

 

 

 

柴田:「ふーん。すみません、牛丼特盛で」

 

 

 

橘(N):「久しぶりに会った男は牛丼特盛を頼んだ。私もいつも頼む牛丼特盛だ。少し嬉しくなった」

 

 

 

柴田:「おばさんさ、服装は前に比べると、お洒落になったけど、メイクと合ってないよ。今度はメイクも勉強しないとね」

 

 

 

橘:「余計なお世話よ。あんたこそ、づかづかと人に傷つく事ばかり言ってんじゃないわよ」

 

 

柴田:「えっ?」

 

 

橘:「あんたってさ、変に素直というか、本音を隠すこと出来ないんじゃない?」

 

 

 

柴田(N):「その言葉を聞いた瞬間、俺は思った。この女は、俺をわかってくれると。こんな女は生まれて初めてだった」

 

 

 

橘:「女に嘘もつけない感じがするし、苦労してそう」

 

 

 

柴田:「おばさんに言われたくない。説教したいなら、メイク覚えてからにしてよね」

 

 

 

橘:「初めて会った時から、おばさんって連呼してるけど、じゃあ、あんたは何歳なの?」

 

 

 

柴田:「俺は」

 

 

 

橘:「偉そうな事、言ってる感じからすると、年上、30代?」

 

 

 

柴田:「ふざけるな! 俺はまだ29だ!」

 

 

 

橘:「29?」

 

 

 

柴田(N):「30代と言われ、ついムカついて、年齢を言ってしまった。全く、俺らしくない」

 

 

 

橘:「あんた、私の事、おばさん言ってる癖に、29って。じゃあ、あんたも、おじさんじゃない」(笑いながら)

 

 

 

柴田:「おじさんじゃない! 俺はまだ若い!」

 

 

 

橘:「馬鹿ね。その発言こそ、おじさんになった証拠じゃない」

 

 

 

柴田:「ひっでー女! なんだよ! 少しでも、良いなと思った俺が馬鹿だった!」

 

 

 

橘:「えっ、今、何て?」

 

 

 

柴田:「いや! 今のは、言葉の綾で、決して、本心では」

 

 

 

橘:「ふーん」

 

 

柴田:「なんだよ、その目は」

 

 

橘:「あんたってさ、わかりやすい。でも、嫌ではなかったよ」

 

 

柴田:「どういう意味だよ」

 

 

橘:「この鈍感! 私も、本音を隠せないあんたの事、良いなと思ってるって事よ」

 

 

 

柴田:「はぁ? 勘違いすんなよ! おばさんに好かれても、嬉しくない!」

 

 

橘:「おじさんの癖に、素直じゃないんだから。」

 

 

柴田:「なんなんだ。その悟りきった眼は。その目、止めろよ」

 

 

橘:「嫌よ。止めて欲しいのなら、次に会うまでに、もう少し大人になりなさい。おじさん。じゃあね」

 

 

 

 

橘(N):「私は食べ終わり、そう言ってお店を出る。そう、今夜は私の勝ちだ。案の定、あの男は追いかけてきた」

 

 

 

 

柴田:「待てよ! おばさん!」

 

 

 

橘:「何の用?」

 

 

 

柴田:「次はいつ来るんだよ」

 

 

 

橘:「さぁ、いつになるかわからない。1週間後か、2週間後か」

 

 

 

柴田:「曖昧過ぎ」

 

 

橘:「あら、あんたに言われたくない」

 

 

柴田:「この前の仕返しって訳?」

 

 

橘:「そうだとしたら?」

 

 

柴田:「おばさんこそ、大人げなくない?」

 

 

橘:「あんたこそ、いつまでも、おばさんおばさん、子供ね。いや、おじさんか」

 

 

 

柴田:「おじさんじゃない!」

 

 

 

橘:「29なんだから、おじさんよ。名無しのおじさん!」

 

 

 

柴田:「俺の名前は、柴田 真佐人だ!」

 

 

 

橘:「やっと、名前言ったわね。だけど、偽名の可能性もある」

 

 

 

柴田:「正真正銘、本名だよ! 良いか? もうおじさん、言うなよ」

 

 

 

橘:「じゃあ、おばさん、言うのも止めて」

 

 

 

柴田:「交換条件とは良い度胸だね」

 

 

 

橘:「交換条件? 何を言ってるの? 私、本名、教えたじゃない。」

 

 

 

柴田:「・・・」

 

 

 

橘:「さては・・・、あんた、覚えて無いんでしょ?」

 

 

柴田:「名前くらい、覚えてるよ!」

 

 

橘:「じゃあ、早く言ってみて」

 

 

柴田:「・・・田中さん」

 

 

橘:「ハズレ。本当に覚えてるの?」

 

 

柴田:「じゃあ、高橋?」

 

 

橘:「じゃあって言ってる段階で、忘れてるじゃない。本当馬鹿ね。良い。覚えておいて。

   私は、橘 慶子。今度忘れたら、牛丼特盛、奢ってもらうからね」

 

 

 

柴田:「誰が奢るか。橘 慶子。意地でも覚えてやる」

 

 

 

橘:「今日から2週間後の夜8時に、あのお店で待ってる。本当に覚えたか、確かめてあげる。じゃあね」

 

 

柴田:「確かめるって何だよ! 待てったら! ・・・2週間後って、何なんだよ・・・」

 

 

 

 

 

 

柴田(N):「翌朝、俺は昨日事を思い出していた。そして、スマホのカレンダーに、おばさんの名前と時間を打ち込んだ」

 

 

 

柴田:「橘 慶子。あの、おばさんらしくない名前だ」

 

 

 

柴田(N):「そう言って、俺は笑った。そして、ある場所に出掛けた」

 

 

 

 

 

 

 

橘(N):「あの男、柴田 真佐人は、2週間後、本当に来るのだろうか。私の頭の中は、ぐちゃぐちゃになってた。

      理由は簡単だ。あの男も私を良いと思ってくれている。それが、わかったからだ。

      恋なんて、一生しなくて良いとさえも思った。だけど、今の私は違う。

      あれだけ嫌悪していた世の中の女と同じで、恋をしている」

 

 

 

 

橘:「やっと、名前を教えてくれたけど、本当、素直じゃないんだから」

 

 

 

 

橘(N):「そう思いながら、私は笑った。そして、ある場所に出掛けることにした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柴田(N):「2週間後、ついに当日になった。仕事を終え、俺は急ぎ足で、あの牛丼屋に向かう。

       着いて、いつものように窓を覗くと、あの女は居た」

 

 

 

 

橘:「時間厳守するなんて、偉いじゃない」

 

 

 

柴田:「これでも、大人なんで」

 

 

 

橘:「そう」

 

 

 

柴田(N):「その女は、いや、その日の橘 慶子は、見違えるように綺麗だった。いつもの薄いメイクに眼鏡ではなく、

       お洒落な服を着て、バッチリメイクもしている。思わず笑ってしまった」

 

 

柴田:「(笑う)」

 

 

橘:「何よ。何か可笑しい?」

 

 

 

柴田:「この前以上に、お洒落になったというかさ。綺麗になったなと思ってね」

 

 

 

橘:「あんたこそ、いつも以上に、お洒落じゃない」

 

 

 

橘(N):「そう、この男、いや、この日の、柴田 真佐人は、格好良かった。それはもう吹き出してしまうくらいに」

 

 

 

橘:「(吹き出す)」

 

 

柴田:「そっちこそ、何、笑ってるの?」

 

 

 

橘:「だって、その恰好」

 

 

 

柴田:「ひょっとして、変?」

 

 

橘:「うん。私達、とても牛丼食べるような格好じゃない」

 

 

柴田:「それもそうだね」

 

 

 

橘:「ねぇ、お店出ない?」

 

 

 

柴田:「良いよ」

 

 

 

橘(N):「牛丼屋を出て、男に付いていく。一体、何処に連れてくのだろう。

      私は、ドキドキしながら、タクシーに乗った」

 

 

 

 

柴田:「着いたよ」

 

 

 

橘(N):「タクシーから降りて、私は驚いた。目の前には豪華な客船が見えたからだ」

 

 

 

橘:「此処なの?」

 

 

 

柴田:「うん。さっき予約したから、大丈夫だよ。さぁ、行こう」

 

 

 

橘:「でも、私・・・」

 

 

 

柴田:「怖いの? ・・・大丈夫、今夜の橘さんは綺麗だよ」

 

 

 

橘:「うん・・・」

 

 

 

橘(N):「そう言って、男は私をリードする。初めて、名字を読んでくれた。私は顏が真っ赤になった。

      その後は、よく覚えてない。席に案内され、豪華なフランス料理を食べ、気付くと私達は、

      客船のデッキに居た」

 

 

 

 

柴田:「慣れない所に来たから、疲れた?」

 

 

 

橘:「少しね」

 

 

 

柴田:「じゃあ、元気になる事、言ってあげる」

 

 

 

橘:「何?」

 

 

 

柴田:「おばさんなんだから、無理しちゃ駄目だよ!」

 

 

 

橘:「誰がおばさんよ! おじさんのくせに!」

 

 

 

柴田:「ほら、思った通り、元気になった!」

 

 

 

橘:「あ~あ、折角のムードが台無しよ」

 

 

 

柴田:「ごめん。・・・だって、元気なおばさんじゃないと、この後、駄目だからさ・・・」

 

 

 

 

橘:「えっ?」

 

 

 

 

 

 

柴田:「た、橘 慶子さん! 初めての出会いは最悪だったかもしれないけど・・・、

    ・・・こんな俺の事、わかってくれるのは、橘さんだけだよ。だから・・・」

 

 

 

 橘:「だから、何・・・?」

 

 

 

柴田:「・・・こんな俺で良ければ、結婚前提に付き合ってくれ!!! いや・・・!! 付き合ってもらえますか!?」

 

 

 

橘:(N):「その言葉を言われて気付いた。・・・彼も自分の心に素直になろうと、決めたんだと。

       彼が勇気を出してくれたのだから、今度は、私の番だ・・・」

 

 

 

 

橘:「・・・私は、おばさんよ。本当に良いの?」

 

 

 

柴田:「構わない。俺だって、おじさんだよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

橘:「仕方ない。付き合ってあげる! ・・・ううん。そうじゃない。・・・こんな私で良ければ、末永くお願いします・・・」

 

 

 

柴田:「・・・うん。こちらこそ。末永くよろしくね」

 

 

 

橘(N):「こうして私達は、やっとお互いの思いを素直に伝えることが出来た」

 

 

 

橘:「なんか、緊張しちゃったからか、またお腹空いて来ちゃった」

 

 

 

柴田:「俺も」

 

 

 

橘:「じゃあさ、今度は私に付いてきて」

 

 

柴田:「良いよ」

 

 

 

 

 

 

橘:「さぁ、着いた!」

 

 

柴田:「えっ、此処なの?」

 

 

橘:「何? 何か文句あるの?」

 

 

柴田:「そうじゃないけど、俺達、この格好だし」

 

 

橘:「そんなの気にしないの! さぁ、入るわよ!」

 

 

 

橘(N):「私はお一人様、650円。だけど、これからは・・・」

 

 

 

橘:「すみません! 牛丼特盛、お味噌汁、御新香付きで! ほらっ、あんたも頼む」

 

 

柴田:「わかったよ。すみません! 俺も、彼女と同じで!」

 

 

 

橘(N):「そう・・・。これからは、お二人様、1300円!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わり