恋のA面/B面

作者:片摩 廣

 

 

登場人物

 

 

山本 茂・・・売れないミュージシャン

 

 

水野 沙織・・・パチンコ屋で働くマドンナ

 

 

 

比率:【1:1】

 

 

上演時間:【25分】

 

 

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CAST

 

山本 茂:

 

水野 沙織:

 

 

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(1985年 秋 控室)

 

 

水野:「・・・茂、本番20分前よ・・・」

 

 

山本:「あぁ・・・」

 

 

 

 

山本(N):「こうして控室で待つ度に、あの当時を思い出す。

       今、此処にいられるのは、彼女のおかげだからだ。

       あれは、1975年・・・。・・・今から10年前の夏だった・・・」

 

 

 

 

(1975年 夏 パチンコ屋)

 

 

水野:「あっ・・・、また来てる」

 

 

山本:「ん? 来ちゃ悪いのか?」

 

 

水野:「悪くないわよ。よく頻繁に来て飽きないわね」

 

 

山本:「お前こそ、パチンコ屋で、よく毎日働けるな」

 

 

水野:「五月蠅いし、タバコ臭いし、嫌になる時もあるわ。

    ・・・でも、常連の顔、見てると飽きないのよね」

 

 

山本:「そりゃ、どういう意味だ?」

 

 

水野:「勝っても負けても、楽しんでて、そんな姿見てると、私も頑張らなくちゃって思うの」

 

 

山本:「俺は、負けた時は、怒りで台をぶっ叩きたいけどな」

 

 

水野:「そんな事したら、店長に言って入店出来ないようにするだけよ。

    そんな事になったら、困るの貴方でしょ?」

 

 

山本:「困る? 何の事、言ってんだ」

 

 

水野:「もう惚けちゃって。あんた、この街じゃ有名よ」

 

 

山本:「そいつは、ありがとよ」

 

 

水野:「そんなあんたが、パチンコ屋の台、叩き壊したなんて噂が出たら・・・」

 

 

山本:「いっちょ前に、脅す気か? なら、こうするまでだ!」

 

 

水野:「きゃっ!? いきなり、何すんのよ!」(平手打ち)

 

 

山本:「痛ぅ・・・、こいつは随分と、じゃじゃ馬な姉ちゃんだな!」

 

 

水野:「馬鹿! スカートめくりするなんて、信じられない!」

 

 

山本:「色気もねぇパンツ、穿いてるくせに」

 

 

水野:「何ですって・・・!」

 

 

山本:(N)「彼女との出会いは、最悪な始まりだった・・・」

 

 

 

 

(パチンコ屋の外)

 

 

 

山本:「くそっ! 何が今日はいつもより、出るだ! このインチキパチンコ屋!!!

    今夜は、ヤケ酒だ~!!!!」

 

 

水野:「店の前で、何、騒いでんの?」

 

 

山本:「あ? お前には関係ねぇんだ! 黙ってろ!」

 

 

水野:「あんた、ミュージシャンなんだから、ヤケ酒なんてしたら・・・」

 

 

山本:「お前に、俺の苦悩が分かってたまるか。良いから、放っとっけてんだ!」

 

 

水野:「話してみなよ。力になれるか、わからないけどさ」

 

 

山本:「・・・恋愛の歌詞が思い浮かばないんだ・・・」

 

 

水野:「それくらいの事で、癇癪を起こしてたんだ」

 

 

山本:「それくらいって何だ!? これでも悩みに悩んで・・・」

 

 

水野:「・・・お詫びにさ、その歌詞作り、手伝ってあげる」

 

 

山本:「あ?」(首傾げる)

 

 

水野:「鈍いわね! あんたの事、気に入ったの!

    あんた、勝った時は、帰り道に歌ってたよね・・・?

    その歌声に惚れたんだ、私

 

 

山本:「そいつは、ありがとよ・・・。・・・なら、頼む。

    言っとくがな、お前に惚れたから、頼むんじゃねぇからな!」

 

 

水野:「わかってるわよ。

    ・・・大切にしなさい。・・・神様からの大事な贈り物なんだから・・・!」

 

 

水野:「そうだ、これをあんたに、あげる・・・」

 

 

山本:「のど飴じゃないか・・・」

 

 

水野:「タバコも少し控えなさいよ。・・・それじゃあ、私、そろそろ帰るから」

 

 

山本:「ちょっと待て! 最近、色々と物騒だし、途中まで送ってやるよ」

 

 

 

水野:「お生憎様! 私、これでも強いのよ。強姦なんて退治出来ちゃうんだから! 一人で平気よ」

    あんたも、早く帰りなさい・・・。それとこれ渡しとく・・・。私の家の電話番号よ・・・」

 

 

山本:「あっ・・・、あぁ・・・」

 

 

水野:「もう、少しは喜びなさいよ!!! あ、そのメモ、無くしたり、ズボンに入れたまんま、洗濯しないでよ」

    良い? 必ず連絡して。待ってるから・・・」

 

 

山本:「たくっ・・・、わかったよ・・・」

 

 

 

水野:「真っすぐ家に帰りなさいよ~~!!! 梯子(はしご)酒は止めてよね~~~!!! 

    ・・・もう・・・! もっと、自分の才能、信じてよ・・・」

 

 

 

 

 

 

(水野の自宅)

 

 

水野:「嘘・・・。私・・・、大胆な行動しちゃった・・・。

    あ~! ・・・思い出したら、何だか顔が火照ってきちゃった・・・」

    あいつ・・・、ちゃんと、電話くれるかな~・・・」

 

 

(黒電話が鳴る)

 

 

水野:「電話だ・・・。すぐに出たら、何だか期待してたって思われそうだし・・・。

    5コールくらいで、出れば良いわよね・・・。

    でも、出ないじゃないかって、諦めて切れたら、嫌だし・・・。

    ・・・もう、何やってるの! 紗織、勇気を出しなさい!」(自分の頬を両手で叩く)

 

 

水野:「・・・もしもし・・・」

 

 

山本:「・・・もしもし・・・」

 

 

水野:「・・・どちら様ですか?」

 

 

山本:「・・・あ~、パチンコ屋で、電話番号、貰ったもんだ・・・。中々出ないから、もう寝たかと思ったぞ」

 

 

水野(M):「さっきの彼だ・・・。・・・こんな早くに、かけてくれるなんて・・・、どうしよう・・・」

       良い? 落ち着きなさい、沙織・・・。子供っぽさは捨てて、大人らしく振舞うのよ・・・」

 

 

水野:「・・・さっきの人よね?」

 

 

山本:「あぁ・・・、そうだ・・・」

 

 

水野:「もう、何、そんなに緊張してんのよ! こっちまで緊張しちゃうじゃない・・・」

 

 

山本:「すまない・・・。こんなやり取り、慣れて無いからな・・・」

 

 

水野:「ふふっ、何だか可愛い・・・」

 

 

山本:「おい! ・・・男に向かって、可愛いは、ねぇだろ・・・!」

 

 

水野:「そんな事ないわよ。・・・あんた、可愛い。

    ねぇ、さっき訊きそびれたんだけど、あんたの名前教えて。

    ・・・私は、水野 沙織よ」

 

 

山本:「俺は・・・、山本 茂だ・・・」

 

 

水野:「茂さんね。・・・ねぇ、それで、いつから始める?」

 

 

山本:「そうだな・・・。み、み、水野さんは・・・」

 

 

水野:「・・・馬鹿ね。・・・沙織で構わないわ」

 

 

山本:「さ、沙織さんは・・・、今度の仕事休みっていつだ?」

 

 

水野:「待って・・・、今、カレンダーで確認するから」

 

 

山本:「あぁ・・・」

 

 

水野:「・・・お待たせ。次は、今週の金曜日、休みよ」

 

 

山本:「金曜日の午後12時、パチンコ屋で待ち合わせでどうだ?」

 

 

水野:「わかった。ちゃんと空けとく」

 

 

山本:「それとだ・・・」

 

 

水野:「何?」

 

 

 

山本:「さっきは、のど飴・・・、ありがとよ・・・。・・・喉の心配してくれて、嬉しかった・・・。

    ・・・話は、それだけだ! じゃあな・・・!」

 

 

水野:「・・・切れちゃった・・・。あ~あ・・・、もう少し、話たかったのに・・・。

    ・・・でも、良いっか。・・・のど飴、ありがとよと、嬉しかった・・・か。

    本当、初心(うぶ)で可愛いっ・・・! 金曜日、待ちどおしいな~」

 

 

 

(金曜日 パチンコ屋の前)

 

 

水野:「あら、時間通りじゃない」

 

 

山本:「女を待たすわけにいかねぇからな・・・」

 

 

水野:「良い心がけね。約束を守る男、嫌いじゃないわよ。

    それで、場所はどうする?」

 

 

山本:「俺の部屋でも良いか?」

 

 

水野:「良いわよ、行きましょう」

 

 

 

(山本のアパート)

 

 

山本:「此処だ。男の一人暮らしなんて、狭いし汚いからな。期待するなよ・・・」

 

 

水野:「・・・良いからさっさと開けてちょうだい」

 

 

山本:「・・・入ってくれ」

 

 

(六畳一間 コンロと流し、押入れがある狭い部屋)

 

 

水野:「うわぁ・・・、汚い。・・・カップ麺の容器も、ビールの缶も転がってる・・・。

    ・・・あ~、もう我慢できない。少し、片付けるから、あんたは出てって!」

 

 

山本:「綺麗になったら、教えろ。外で、タバコ吸ってる」

 

 

水野:「はいはい。・・・さぁて、これは掃除のし甲斐があるわね・・・。気合入れて、頑張らなくっちゃ!」

 

 

 

 

山本:「ふ~、・・・今日も、良い天気だ~」

 

 

水野:「入って良いわよ」

 

 

山本:「・・・こいつは、別人の部屋見てぇに綺麗だ」

 

 

水野:「男の部屋なんて、掃除するの初めてだから・・・、緊張しちゃった・・・」

 

 

山本:「初めてなのか・・・。手際が良いから、慣れてるもんだと・・・」

 

 

水野:「掃除が好きなだけよ。

    ・・・綺麗になったし、書きかけの歌詞、早く見せてちょうだい」

 

 

山本:「分かった・・・。・・・これなんだが・・・、率直な意見、頼む・・・」

 

 

水野:「へぇ~・・・、綺麗な字、書くのね・・・。・・・じゃあ、読ませてもらうわ。・・・ふ~ん、なるほど・・・」

 

 

 

 

 

山本:「どうだ? これでも、頑張ったんだが・・・」

 

 

水野:「そうね・・・、あんたが恋愛下手なのが、読んでわかった。

    小鳥のさえずり・・・、オーロラのよう~・・・。

    う~ん・・・、これを聴いて、恋愛したいって思わないわね~・・・」

 

 

山本:「結構、自信作だったんだが・・・、はぁ~・・・、俺には才能が無いってことだな・・・」

 

 

水野:「もう、そんなに落ち込まないでよ! 駄目な所だけじゃないから!

    ほらっ! 此処なんて、良い感じよ~!

    見つめ合う瞬間、二人の唇が重なって・・・。

    此処は、私、好きだな~。・・・下手に恰好付けるのじゃなくて、この部分みたいに、素直に書けば良いのよ」

 

 

山本:「そうなんだな・・・。わかったよ、沙織・・・」

 

 

水野(M):「このタイミングで、名前を呼ぶなんて・・・。もう・・・、私も変に緊張しちゃうじゃない・・・」

 

 

山本:「黙り込んでどうした? もしかして、腹が減ったのか? ・・・今は、こんなもんしかないけど・・・、いるか?」

 

 

水野:「あら、パピコじゃない! 私、大好きよ!」

    ・・・はいっ、もう片方!」

 

 

山本:「別に、俺は良いよ・・・」

 

 

水野:「何言ってるのよ! 二人で分け合うから、美味しいんじゃない。はいっ!!!」

 

 

山本:「ありがと・・・」

 

 

水野:「・・・甘酸っぱくて、美味しい・・・」

 

 

山本:「二人で分け合うから、美味しいか・・・」

 

 

水野:「どうかした?」

 

 

山本:「俺は、・・・背伸びし過ぎてたんだな~。そっか・・・、もっと等身大のままで良いんだな・・・!」

 

 

水野:「どうやら、私の伝えたかった事、伝わったみたいね・・・。

    ねぇ・・・」

 

 

山本:「ん・・・?」

 

 

 

 

水野(N):「茂の書いた歌詞のように、見つめ合った私達は、気付くとキスを交わしていた・・・」

 

 

 

 

山本:「すまない・・・。・・・こんな事するつもりは・・・」

 

 

水野:「シー・・・。良いから黙って・・・」

 

 

 

 

水野(N):「茂を黙らせた後も、お互いの唇を重ね、手と手を交わらせ・・・、二人きりの時間を・・・、楽しんだ・・・」

 

 

山本:「・・・パピコ・・・、溶けちゃったな・・・」

 

 

水野:「良いの、それくらい・・・。ねぇ、私とこうなって、後悔してない?」

 

 

山本:「何で?」

 

 

水野:「だって、さっき・・・、こんな事するつもりは、なんて言ったから・・・」

 

 

山本:「白状するよ・・・、本当は、恋愛もキスもした事がねぇんだ・・・。

    不器用で、馬鹿にされんのが嫌で堪らなくてさ・・・。

    大人ぶれば、見た目、大人っぽいから、どうにかなるかって・・・。

    そうしたら、これが思いの他、評判が良くて、街のちょっとした知名人さ。

    でも、いざ恋愛ソングを頼まれたら、どうすれば良いか、わかんなくて、癇癪(かんしゃく)を起こしてた・・・。

    情けねえ男なんだよ・・・、俺は・・・」

 

 

 

水野:「な~んだ・・・。ふふふ・・・。私達、似た者同士だったのね~。

    ・・・私もね・・・、茂の前では、大人ぶってた・・・」

 

 

 

山本:「え?」

 

 

水野:「子供っぽい部分見せたら、幻滅されちゃうって思ったの・・・。

    本当は、茂からの電話がかかって来る前も・・・、子供のように、はしゃいだり、緊張したり、舞い上がってたわ・・・。

    でもね、さっきの茂の言葉で目が覚めた。私も、等身大で、あんたに気持ちぶつけようって!

    だから・・・、さっきのキスが私の気持ち・・・」

 

 

山本:「・・・ちゃんと伝わった。・・・だから、俺も、その気持ちに応えたんだ・・・」

 

 

水野:「えっ!? それって・・・?」

 

 

山本:「沙織のお陰で、今度のステージ、上手く行くって事だ!」

    最前列で、俺の事、応援・・・、観ててくれないか・・・?」

 

 

水野:「勿論よ。あんたの歌声のファン、会員NO.1番は・・・、永久に、私の物なんだから・・・!!!」

 

 

 

 

(1985年 秋 控室)

 

 

山本:「・・・」

 

 

水野:「茂・・・。ねぇ、本番、5分前よ・・・」

 

 

山本:「あぁ・・・」

 

 

 

水野:「その顔・・・、また当時の事、思い出してたのね・・・。

    はい、いつもの・・・」

 

 

山本:「・・・思えば、この・・・のど飴から、始まったんだな・・・」

 

 

水野:「もう、あれから、10年か~。私達も年取ったわよね・・・。

    ・・・ねっ? 1975年に戻りたい?」

 

 

山本:「何でだ?」

 

 

水野:「もし、戻れたとしたら、茂と、また甘酸っぱい青春、味わえるな~って・・・」

 

 

山本:「馬鹿。・・・俺は、今が幸せだから、戻りたくないよ」

 

 

水野:「ロマンチックじゃないんだから・・・。

    ・・・あの頃の茂は~・・・、小鳥のさえずり・・・、オーロラのよう~とか、書いてたのに~」

 

 

山本:「げっ!? それは、俺の恥ずかしかった過去の作詞じゃないか・・・。何だ、未だに覚えていたのか・・・?」

 

 

水野:「だって、あの時の一つ一つが、大事な貴方との思い出なんだもん・・・。忘れたりしないわよ・・・」

 

 

山本:「沙織・・・」

 

 

水野:「そろそろ時間ね・・・。・・・ほらっ、もう行かないと・・・」

    茂の歌声、楽しみに待ってるファン達の為にも、最高の時間にしてよね・・・!!!」

 

 

山本:「あぁ、行って来る・・・。

    なぁ、沙織・・・」

 

水野:「どうしたの? 茂」

 

 

山本:「思い出してたら、久しぶりに、何だかパピコ、食べたくなった・・・」

    後で、買いに行かないか? 二人で・・・」

 

 

水野:「茂・・・。ええ! そうしましょう・・・。

    ・・・あの時のように・・・。・・・二人で分け合いましょう・・・」(笑顔で応える)

 

 

 

 

 

終わり