『Remember ~其々の憶い~』

 

 

作者 片摩 廣

 

 

登場人物

 

 

岸野 紗椰(きしの さや)・・・1人目のお客

 

 

吉井 くらら(よしい くらら)・・・2人目のお客

 

 

川瀧 彰彦(かわたき あきひこ)・・・3人目のお客

 

 

高坂 ミノル(こうざか みのる)・・・小さな喫茶店の店員

 

 

 

比率:【2:2】

 

 

上演時間:【40分】

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

CAST

 

岸野 紗椰:

 

吉井 くらら:

 

川瀧 彰彦:

 

高坂 ミノル:

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

(遠くに聴こえる波の音)

 

(海沿いの、小さな喫茶店)

 

(ドアベルが鳴る)

 

 

 

岸野:「此処は・・・、喫茶店・・・?」

 

 

高坂:「いらっしゃいませ~。1名様でしょうか?」

 

 

岸野:「はい・・・」

 

 

高坂:「何処でも、空いてる席に、お座りください」

 

 

岸野:「わかりました・・・」

 

 

高坂:「お水と、メニュー表、お持ちしますね」

 

 

岸野:「お願いします・・・」

 

 

 

 

岸野(M):「どうして、私・・・、此処に居るのだろう・・・」

 

 

 

岸野(N):「気付くと私は、海沿いにある喫茶店の前に、立っていた・・・」

 

 

高坂:「お待たせしました。お水とメニュー表です。

    注文する物、決まったら、またお声がけください」

 

 

岸野:「あの・・・」

 

 

高坂:「どうかされましたか?」

 

 

岸野:「私、どうして此処に、居るのでしょうか?」

 

 

高坂:「さぁ・・・、それは僕に聞かれても、分かりかねますね・・・」

 

 

岸野:「そうですよね・・・。変な質問して、すみません・・・」

 

 

高坂:「いえ・・・。別に変な質問でも、ありませんので、気にしていません」

 

 

岸野:「それは、どう言う意味ですか?」

 

 

高坂:「そのような質問するお客様、何故か、多いんです」

 

 

岸野:「それって・・・」

 

 

(ドアベルが鳴る)

 

 

高坂:「いらっしゃいませ~。

    ・・・すみません、他のお客さん、来られたので、失礼します」

 

 

岸野:「わかりました・・・」

 

 

 

 

高坂:「お待たせしました~。1名様でしょうか?」

 

 

吉井:「ええ、そうよ」

 

 

高坂:「何処でも、空いてる席に、お座りください」

 

 

吉井:「わかったわ」

 

 

高坂:「お水と、メニュー表、お持ちします」

 

 

 

 

 

岸野(M):「綺麗な方だな~。私も、あんな風に、お上品に・・・。えっ、こっちに近付いてくる・・・」

 

 

吉井:「ねぇ、相席しても、宜しいかしら?」

 

 

岸野:「え・・・? 空いてる席なら、他にも・・・」

 

 

吉井:「他の席も、見たけど、此処が一番、眺め宜しいから、つい・・・」

 

 

岸野:「それなら、私、他の席に・・・」

 

 

吉井:「いいえ。それは駄目よ」

 

 

岸野:「どうして?」

 

 

吉井:「何となく、一人は寂しいと、感じたのよ・・・。

    ・・・駄目かしら?」

 

 

岸野:「そう言う理由なら、構いません・・・」

 

 

吉井:「良かった。・・・それでは、失礼して。

    やはり、この席からの、眺め、素敵」

 

 

高坂:「気に入ってもらえて、良かったです。

    お待たせしました。お水と、メニュー表です」

 

 

吉井:「ありがとう」

 

 

 

(ドアベルが鳴る)

 

 

 

高坂:「いらっしゃいませ~。・・・注文、決まったら、また、お声がけください」

 

 

 

吉井:「ええ、わかったわ」

 

 

 

岸野:「小さな喫茶店なのに、結構、忙しそうですね・・・」

 

 

 

吉井:「そのようね」

 

 

 

 

 

高坂:「お待たせしました~。1名様でしょうか?」

 

 

 

川瀧:「そうです。・・・30分程、歩いてきましたが、この辺は、このお店しか、無いのですか?」

 

 

 

高坂:「はい、田舎ですので」

 

 

 

川瀧:「なるほど・・・。・・・とりあえず何か、冷たい物を・・・」

 

 

 

高坂:「かしこまりました。すぐに、お水とメニュー表、お持ちしますので、

    何処でも、空いてる席に、お座りください」

 

 

 

川瀧:「ええ・・・、わかりました。う~ん、・・・何処に座れば・・・」

 

 

吉井:「ねぇ、そこの貴方」

 

 

川瀧:「え? 私ですか・・・?」

 

 

吉井:「ええ、そうよ。良ければ、こっちの席に来なさいな」

 

 

川瀧:「いえ・・・、私は一人で結構ですので・・・」

 

 

吉井:「そんな事、言わないで、いらっしゃいよ」

 

 

岸野:「あまり、無理強いしない方が・・・」

 

 

吉井:「それもそうだけど、折角の縁なんだし・・・」

 

 

川瀧:「はぁ・・・」

 

 

高坂:「お待たせしました~。お水と、メニュー表です。

    おや? どうかされましたか?」

 

 

吉井:「その男性が、席、悩んでたから、一緒にどうかしら? と、声かけただけよ」

 

 

 

高坂:「そうでしたか。・・・どうされますか? 川瀧さん」

 

 

川瀧:「え? 君、どうして、私の名字、知っているんですか・・・?」

 

 

高坂:「川瀧さんだけじゃなく、他の皆さんの事も、存じ上げてますよ。

    最初に訪れた女性が、岸野 紗椰さん。

    次に訪れた女性が、吉井 くららさん。

    そして貴方は、川瀧 彰彦さん。

    合ってますよね?」

 

 

岸野:「どうして、貴方は、皆の事、知ってるのですか・・・?」

 

 

 

高坂:「それは・・・、追々、説明しますね。

    今は、名前より、もっと貴方達には、思い出して欲しい事があるんです」

 

 

 

川瀧:「思い出して欲しい事・・・? それは一体、何なんですか?」

 

 

 

高坂:「それは僕に訊かれても、お答えする事は、出来ません」

 

 

 

吉井:「どうして? 何か知ってるなら、教えてもらった方が・・・」

 

 

 

高坂:「知らないからです。知らない事は、御教えする事なんて、出来ませんよね?」

 

 

 

吉井:「そうね・・・」

 

 

 

岸野:「それなら、私達は、何を思い出したら良いのよ・・・」

 

 

 

高坂:「・・・仕方ありませんね。ヒントを与えます。

    貴方方は、僕に名前を呼ばれ、自分の事だと認識しましたよね?」

 

 

 

岸野:「ええ」

 

 

 

高坂:「それでは、自分の名前以外は、思い出せますか?

    年齢、生まれた場所、好きな食べ物など、色々ありますけど、どうです?」

 

 

 

吉井:「・・・可笑しい。・・・何も思い出せない。・・・ねぇ、貴方はどうかしら?」

 

 

 

川瀧:「・・・私も、名前以外、思い出せません・・・。どうして・・・」

 

 

 

吉井:「貴方は?」

 

 

 

岸野:「私も、思い出せません・・・。

    ・・・これって、私達、全員、記憶喪失って事ですか・・・?」

 

 

 

吉井:「そうみたいね・・・」

 

 

 

川瀧:「でも、可笑しくありませんか? 田舎にある喫茶店に、集まった人達が全員、記憶喪失なんて・・・」

 

 

 

高坂:「その事に関しては、可笑しくないです。

    此処には、貴方方のような、お客様、多いですから。

    貴方方は、このお店に、偶然ではなく・・・、必然的に、集まったんですよ」

 

 

 

川瀧:「必然的に? それは一体、どう言う事・・・」

 

 

 

 

高坂:「あれ? 川瀧さん、貴方・・・、喉が渇いていましたよね?

    先ずは、何か飲み物でも、注文されたら、いかがですか?」

 

 

 

川瀧:「そう言えば、そうでした・・・」

 

 

 

高坂:「岸野さんも、吉井さんも、注文、お願いしますね」

 

 

 

岸野:「今は、そんな場合では・・・」

 

 

 

吉井:「そうは言っても、彼、これ以上は、教えてくれなさそうよ。

    それなら、先ずは何か、注文した方が、進展するのではないかしら?」

 

 

 

岸野:「・・・わかりました」

 

 

 

高坂:「意見は一致したようですね。

    それでは、僕はカウンターで作業してるんで、

    注文、決まったら呼んでください。それでは」

 

 

 

 

(カウンターに戻る高坂を、黙って見つめる三人)

 

 

 

 

 

 

吉井:「とりあえず、注文よね・・・」

 

 

 

岸野:「そうですね・・・」

 

 

 

川瀧:「それでは、私は・・・、このアイス珈琲を・・・」

 

 

吉井:「冷やし珈琲ね。・・・やはり男性の方って、苦い飲み物も、平気なのかしら。

    ・・・私は、甘い飲み物が好きだから、クリームソーダにするわ。

    岸野さんは、何にするか決めた?」

 

 

 

岸野:「私も・・・、同じ物で・・・」

 

 

 

吉井:「良いのよ? 合わせようとしなくても。・・・自分の飲みたい物を、注文しなくちゃ」

 

 

 

岸野:「・・・選ぶのって苦手で。長々と、どれにするか悩んでたら、御二人にも、迷惑かけますし・・・」

 

 

 

吉井:「そんな事、気にしなくて良いのよ。岸野さんって、かなりの真面目さんね」

 

 

 

岸野:「真面目以外、取り得ないんです・・・。すみません・・・」

 

 

 

吉井:「別に謝る事でもないでしょう。それじゃあ、注文は決まったから、彼、呼ぶわね。

    すみませ~ん」

 

 

 

川瀧:「・・・」

 

 

 

高坂:「お待たせしました。どうやら、注文は決まったようですね。お伺いします」

 

 

 

吉井:「冷やし珈琲、一つと、クリームソーダー、二つ・・・」

 

 

 

川瀧:「あの・・・!」

 

 

 

高坂:「はい、注文の変更ですね」

 

 

 

川瀧:「どうして、わかったんですか?」

 

 

 

高坂:「何となくです。・・・良いじゃないですか。男性が甘い物、注文しても。

    別に、変な事では無いですよ」

 

 

 

川瀧:「うですよね・・・。・・・それでは、私も、クリームソーダ、お願いします」

 

 

 

高坂:「かしこまりました。注文は、クリームソーダ、三つですね。

    ご注文、承りました。それでは、少々、お待ちくださいませ」

 

 

 

 

(カウンターに戻る高坂)

 

 

 

吉井:「川瀧さんも、甘い物、好きなのね・・・」

 

 

 

川瀧:「やはり、変でしょうか? 男性が甘い物、好きなのは・・・」

 

 

 

吉井:「いいえ、別に変な事は・・・」

 

 

 

川瀧:「それなら、何故?」

 

 

 

吉井:「さっきの、彼と貴方のやりとり、見てて思い出したの・・・」

 

 

 

岸野:「それって、自分の記憶をですか?」

 

 

 

吉井:「ええ、そうよ。・・・私の知ってる男性にも、クリームソーダを好きな人が居たって・・・。

    だから、何か懐かしさ感じちゃったわ・・・」

 

 

 

岸野:「吉井さん、涙が・・・」

 

 

 

吉井:「あら・・・、どうして、私・・・、涙が出るのかしら・・・」

 

 

 

川瀧:「・・・良ければ、このハンカチ、お使いください」

 

 

 

吉井:「ありがとう・・・。貴方って、優しいのね・・・」

 

 

 

川瀧:「自然と、手が動きました・・・。自分でもどうしてだか・・・」

 

 

 

高坂:「お待たせしました。ご注文の、クリームソーダ、三つです」

 

 

 

岸野:「あの・・・」

 

 

 

高坂:「はい、どうかされましたか?」

 

 

 

岸野:「吉井さんに、記憶が戻ったようです」

 

 

 

高坂:「それは、良い知らせですね。・・・あ~、でも、まだ完全ではないようです」

    この調子で、頑張って下さい。勿論、岸野さん、川瀧さんもですよ」

 

 

岸野:「わかりました・・・」

 

 

 

川瀧:「クリームソーダも、来ましたし、頂きましょうか」

 

 

 

吉井:「それもそうね。あ~、この鮮やかな緑色、まるで宝石のように煌めいているわ。

    それに、このアイスクリンも、美味しそう・・・」

 

 

 

岸野:「え? アイスクリン?」

 

 

 

吉井:「何よ、アイスクリンは、アイスクリンよ。何か可笑しいかしら?」

 

 

 

岸野:「いや、何か、聞き馴染なくて・・・」

 

 

 

川瀧:「アイスクリン・・・。・・・多分、バニラアイスの事では無いでしょうか?」

 

 

 

岸野:「なるほど、そうかも知れませんね」

 

 

吉井:「バニラアイス・・・? え? アイスクリンとは、貴方達、言わないのかしら?」

 

 

川瀧:「普通は、バニラアイスか、アイスクリームだと、思います」

 

 

 

吉井:「そんな・・・」

 

 

 

高坂:「どうかされましたか?」

 

 

 

吉井:「ねぇ、アイスクリンと言わないかしら?」

 

 

 

高坂:「今の時代だと、川瀧さんの仰る通り、バニラアイスか、アイスクリームだと思いますよ」

 

 

 

岸野:「あっ・・・」

 

 

 

高坂:「どうしました?」

 

 

 

岸野:「クリームソーダ・・・。友達と、令和になった記念で、飲みに行ったんだ・・・」

 

 

 

川瀧:「令和とは、何ですか?」

 

 

 

岸野:「令和は令和ですよ。川瀧さんは、何か、思い出した事、無いのですか?」

 

 

 

川瀧:「大きくて、白い橋が見えました。そうです・・・、レインボーブリッジ・・・」

 

 

 

岸野:「レインボーブリッジを知ってて、令和を知らないとなると・・・、

    川瀧さんの居た時代は、平成かもしれないです」

 

 

 

川瀧:「そうかも知れないです。レインボーブリッジが、開通した時、通りました・・・」

 

 

 

吉井:「令和、レインボーブリッジ・・・。貴方達、何を言ってるのか、わからないわよ・・・」

 

 

 

岸野:「令和も、レインボーブリッジも、わからない・・・。それに、アイスクリン・・・。

    あの・・・!」

 

 

 

高坂:「何でしょう?」

 

 

 

岸野:「このお店は、スマホのネットは使えますか?」

 

 

 

高坂:「岸野さんが使いたいと思うなら、使えると思いますよ」

 

 

 

岸野:「わかりました。ありがとうございます。・・・えっと、アイスクリンと・・・」

 

 

 

川瀧:「それは、もしかして、携帯電話ですか?」

 

 

 

岸野:「岸野さんの時代は、まだありませんでしたか? これは、スマートフォンです」

 

 

 

川瀧:「私の時代には・・・、折り畳み式の携帯です。・・・へぇ~、随分と繊細に表示されてますね・・・」

 

 

 

岸野:「あった・・・。アイスクリンと使っていた時代は・・・・、大正時代・・・。

    と言う事は、吉井さんの時代は、大正時代・・・」

 

 

 

吉井:「大正・・・。・・・そうよ、大正よ・・・。・・・どうして、忘れていたのかしら・・・?」

 

 

 

高坂:「岸野さん、御見事でした。貴方方が、記憶を思い出すまで、後、もう少しですね」

 

 

 

岸野:「・・・」

 

 

 

高坂:「険しい表情されてますけど、どうかされましたか?」

 

 

 

岸野:「その記憶は、どうしても思い出さなければ、ならない物なんですか?」

 

 

 

高坂:「はい、必ず思い出してもらわないと、行けない物です」

 

 

 

岸野:「それは、どうしてですか?」

 

 

 

高坂:「その事に関しては、もう僕からお伝えしなくても、思い出してる方も居るようですよ」

 

 

 

岸野:「え・・・?」

 

 

 

吉井:「・・・私は、恋い慕う男性と、御昼前に、パーラーで待ち合わせしていて・・・、

    それで・・・」

 

 

 

高坂:「そう、その調子です、吉井さん」

 

 

 

吉井:「彼の姿が、遠くに見え・・・、私、嬉しくて、手を振ったの・・・。その時・・・、

    大きな揺れが起こって・・・、私の・・・目の前で・・・、彼は崩れた建物の・・・、下敷きに・・・。

    私は、その光景に絶望して・・・。そんな私の頭上にも・・・崩れた建物が・・・落ちてきたわ・・・」

 

 

 

高坂:「そこまでで良いです。・・・よく思い出しましたね・・・」

 

 

 

吉井:「そうよ・・・。私は、あの大地震で・・・、亡くなったのね・・・」

 

 

 

高坂:「貴方だけでなく、沢山の人が、あの地震で、亡くなりました・・・」

 

 

 

川瀧:「関東大地震ですね・・・」

 

 

 

高坂:「その通りです・・・」

 

 

 

川瀧:「地震・・・。そうです・・・。私も・・・、出張している時に、大きな地震が起きて・・・、

    通っていた高速道路が崩れて・・・」

 

 

 

高坂:「そして、貴方は・・・、転落して、亡くなった・・・。運命とは残酷ですね・・・」

 

 

 

川瀧:「え? 運命・・・?」

 

 

 

高坂:「気にしないでください。・・・こちらの話ですから。

    もう、お分かりかと思いますけど、貴方方は全員、亡くなり此処に来たのです」

 

 

 

岸野:「私もですか・・・?」

 

 

 

高坂:「例外はありませんので、そうなりますね。

    岸野さん、まだ思い出せませんか?」

 

 

 

岸野:「はい・・・」

 

 

 

高坂:「焦る事では無いので、ゆっくり思い出してください。

    吉井さん、川瀧さんも、まだ時間はありますので、

    安心してくださいね」

 

 

 

川瀧:「時間・・・、その時間とは、次の生まれ変わりのですか?」

 

 

 

高坂:「ええ、その通りです。・・・その扉が開いたら、その時なので、

    またお知らせします」

 

 

 

川瀧:「わかりました・・・」

 

 

 

 

 

 

吉井:「私達、亡くなっていたのね・・・。・・・どうせ亡くなるなら、もっと綺麗な死に様が良かった・・・。

    瓦礫の下敷きになんて・・・、最低よ・・・」

 

 

 

川瀧:「それを言うなら、私もです・・・。転落して、亡くなるなんて、運が悪いです・・・」

 

 

 

吉井:「ねぇ、川瀧さん・・・」

 

 

 

川瀧:「何でしょうか?」

 

 

 

吉井:「実は言うと・・・、私の恋い慕う男性に・・・、川瀧さん、似てるの・・・」

 

 

川瀧:「え?」

 

 

吉井:「その彼は、冷やし珈琲を、私とパーラーに行く度に頼んでね・・・。

    初めは、好きで注文してる物だと、思ってたわ。

    でもね、何度か一緒に行く度に、気付いたの・・・。

    本当は、冷やし珈琲は、好きじゃないんだって」

 

 

 

川瀧:「どうしてわかったんですか?」

 

 

 

吉井:「簡単よ、毎回、飲むたびに、苦そうな顔してたんだから・・・。

    私の前だと、格好つけて、男らしさ、見せようとしてたんだと思う・・・。

    馬鹿よね・・・。別に、そんな事、しなくても良いのに・・・」

 

 

 

川瀧:「その彼の気持ち、少しわかります・・・」

 

 

 

吉井:「え?」

 

 

 

川瀧:「私も、本当は甘い物、好きですが、上司や女性の前では、

    苦手な珈琲を、ブラックで飲んでいました・・・。

    大人なら、飲めて当たり前なんて考えが、当たり前でしたからね・・・」

 

 

 

吉井:「それでさっき、注文、変更したのね」

 

 

 

川瀧:「ええ・・・。・・・吉井さんの言葉で、勇気が持てました。

    ありがとうございます・・・」

 

 

 

吉井:「私は、何もしてないわよ・・・。

    ・・・私の方こそ、さっきはハンカチ、差し出してくれて、ありがとう・・・。

    嬉しかったわ・・・。次に生まれ変わった時には、川瀧さんのような男性に、出会いたいと思った・・・」

 

 

 

川瀧:「私もです」

 

 

 

吉井:「え?」

 

 

 

川瀧:「こうして、一緒に居る時間が短ったからでしょうか・・・。

    生まれ変わってからも、もっと吉井さんの事、色々と知りたいと思いました・・・。

    こんな冴えない男性なんて・・・、やはり駄目ですよね・・・」

 

 

 

吉井:「ううん・・・、駄目じゃないわ。・・・素直に嬉しい」

 

 

 

川瀧:「吉井さん・・・」

 

 

 

(その時、扉の開く音がする)

 

 

 

 

高坂:「吉井さん、川瀧さん、時間です」

 

 

 

吉井:「ええ、わかったわ」

 

 

 

岸野:「吉井さん・・・」

 

 

 

吉井:「短い間だったけど、岸野さんに出会えて、楽しかったわ。

    大丈夫よ。貴方もきっと思い出す事が出来て、次に進めるわよ」

 

 

 

岸野:「そうだとしても、これでお別れなんて、寂しいです・・・」

 

 

 

吉井:「縁があれば、きっとまた会えるわよ。だから、そんな顔しないで。・・・ねっ?」

 

 

 

岸野:「わかりました・・・」

 

 

 

吉井:「よし、良い子。それじゃあ、また来世でね、岸野さん」

 

 

岸野:「はい・・・」

 

 

 

川瀧:「岸野さん、お元気で。・・・私達は、先に行きますが、きっとまた会えますよ。

    だから、元気出してください」

 

 

 

岸野:「川瀧さん・・・。はい、そう信じます・・・。どうかお元気で」

 

 

 

高坂:「お別れの挨拶は済んだようですね。

    ・・・さぁ、吉井さん、川瀧さん、その扉の先に、進んでください」

 

 

 

川瀧:「わかりました」

 

 

 

吉井:「ねぇ、川瀧さん・・・」

 

 

 

川瀧:「何でしょうか?」

 

 

 

吉井:「必ず・・・、私を見つけて・・・。待ってるから・・・」

 

 

 

川瀧:「勿論です。必ず、貴方と巡り合い、プロポーズします」

    そして、またクリームソーダ、飲みに行きましょう

 

 

吉井:「ええ。約束よ。・・・楽しみにしてるわね」

 

 

 

川瀧:「はい。・・・それでは、吉井さん、来世で・・・」

 

 

 

吉井:「ええ。川瀧さん、来世で・・・」

 

 

 

 

(仲良く扉の先へと、進む二人)

 

 

(扉はゆっくりと、閉まる)

 

 

 

 

 

 

岸野:「行っちゃいましたね・・・」

 

 

高坂:「寂しいですか?」

 

 

岸野:「例え短い時間とはいえ、寂しい物は、寂しいです・・・」

 

 

高坂:「貴方に先立たれ、置いてかけた御友人も、きっと寂しかったでしょうね」

 

 

岸野:「え?」

 

 

高坂:「此処には、貴方と僕、二人っきりなんです。いい加減、お芝居は止めませんか?」

 

 

岸野:「いつから、気付いてたのですか・・・?」

 

 

高坂:「僕に、どうしても思い出さなきゃいけないのか、訊ねた時ですよ。

    正直、心配でした・・・。こんな事は初めてでしたので・・・。

    あのクリームソーダを飲んで、思い出さないなんて・・・」

 

 

 

岸野:「・・・クリームソーダが、思い出す切っ掛けだったんですね」

 

 

 

高坂:「何も、いつもクリームソーダと言う訳では無いのですが、

    今回は、そうでしたね。

    此処に来て、メニュー表から注文した物を、飲んだり、食べたりすると、

    少しずつ、記憶を思い出す仕組みです」

 

 

 

岸野:「そうでしたか・・・。あの・・・」

 

 

 

高坂:「此処での記憶は、残念ながら、来世には残りませんよ」

 

 

 

岸野:「考えてる事は、わかるのですね・・・」

 

 

 

高坂:「ある程度は。

    ・・・この能力に関しては、今まで見送った方々からの、経験もでしょうか」

 

 

 

岸野:「さっき、川瀧さんに言った、運命って残酷って、どう言う意味ですか?」

 

 

 

高坂:「あらら、聴こえてましたか。小声で言ったつもりだったんですが・・・。

    実はですね・・・」

 

 

 

岸野:「川瀧さんは、吉井さんの恋い慕う、彼の生まれ変わりですね」

 

 

 

高坂:「岸野さん、鋭い。・・・流石、僕が見込んだだけある人です。

    貴方の言う通り、川瀧さんは、生まれ変わりです。

    大地震後、彼は、一度、此処に来て、思い出し、彼女を探しに、来世に向かいました」

 

 

 

岸野:「探しに? 貴方は、吉井さんがいつ来るとかは、わからなかったのですか?」

 

 

 

高坂:「流石の、僕にもそこまでは・・・」

 

 

 

岸野:「そうですか・・・」

 

 

 

高坂:「どうして、岸野さんは、自殺をしたのですか?」

 

 

 

岸野:「・・・何もかも嫌になったんです。

    ・・・会社でも、周りのご機嫌を伺ったり、合わせたりするのが・・・」

 

 

 

高坂:「それだけですか?」

 

 

 

岸野:「もっとドラマみたいに、ドラマチックな展開、期待してましたか?

    私の人生なんて、ごく平凡で、つまらない人生でした・・・」

 

 

 

高坂:「親友に好きだった相手を、取られたことは・・・」

 

 

 

岸野:「それは関係ないです・・・! これ以上、思い出させないでください・・・」

 

 

 

高坂:「でも、それでは、岸野さんは、一生、此処から出られませんよ」

 

 

 

岸野:「良いんです、それで。私なんて・・・来世に行っても・・・」

 

 

 

高坂:「生まれ変わるのが怖いですか?」

 

 

 

岸野:「・・・」

 

 

 

高坂:「吉井さん、川瀧さんも、待ってますよ」

 

 

 

岸野:「あれは、社交辞令に、決まってます・・・。誰も私の事なんて、待ってなんか・・・」

 

 

 

高坂:「余程、親友に裏切られた事が、嫌だったんですね」

 

 

 

岸野:「小さい頃から、ずっと一緒で、東京に上京もして、

    同じ会社に入って・・・、一番の大事な親友だったんです・・・。

    隠し事なんて、何一つもない関係だと思って当たり前じゃないですか・・・」

 

 

 

高坂:「その親友に、最初で最後の嘘を付かれたんですね」

 

 

 

岸野:「目の前が真っ暗になりました・・・。気付くと、私は会社の屋上に居て、

    親友と、その大好きだった男性の見てる前で・・・」

 

 

 

高坂:「よく話してくれましたね」

 

 

 

岸野:「扉、開きません」

 

 

 

高坂:「そのようですね」

 

 

 

岸野:「やはり、私は、此処に残るべき人間なんです・・・」

 

 

 

高坂:「そう思い詰めないで下さい。気分転換に、珈琲はいかがですか?」

 

 

 

岸野:「貰います・・・。あの・・・」

 

 

 

高坂:「はい、僕も人間でしたよ。珈琲、入れる間に、少し話しでもしましょうか。

    僕の父は、乱暴者でした。よく母と僕を叩いては、お酒を飲み、

    その度に、死ぬ程、殴られました」

 

 

 

岸野:「・・・」

 

 

 

高坂:「そんな日々が続き、このままでは殺されると思った僕は、

    ある日、父を殺しました。そして、僕自身も殺したんです」

 

 

 

岸野:「自殺ですか・・・?」

 

 

 

高坂:「僕の場合、殺人に自殺ですね。そのせいか、此処に来ても一向に扉は開きませんでした。

    一緒に居た人は、次々に居なくなり、僕、一人になり・・・、

    そうしたら、頭の中に、此処の仕組みが流れ込んで来たんです・・・。

    その時、悟りました。此処で、罪を償わなければ行けないと・・・」

 

 

 

岸野:「貴方は、一体、どれだけ長い時間を、此処で過ごしているのですか?」

 

 

 

高坂:「・・・もう覚えて無いです。覚えているのは、自分の名前と、微かな記憶だけです・・・」

 

 

 

岸野:「名前、教えてもらえますか?」

 

 

 

高坂:「僕は、高坂 ミノルです」

 

 

 

岸野:「ありがとうございます・・・」

 

 

 

高坂:「いえ。・・・お待たせしました。珈琲です」

 

 

 

岸野:「・・・美味しい。温かくて、心地良いです・・・」

 

 

 

高坂:「丹精込めて、淹れましたから、気に入ってもらえて嬉しいです」

 

 

 

岸野:「高坂さん・・・」

 

 

 

高坂:「折角の申し入れですが、それは出来ません」

 

 

 

岸野:「どうしてですか?」

 

 

 

高坂:「何故なら、貴方は来世に行くからですよ」

 

 

 

岸野:「嫌です・・・。貴方を残して、行きたくない・・・」

 

 

 

高坂:「珈琲、飲みましたよね。もう、手遅れです」

 

 

 

岸野:「騙したのですか・・・?」

 

 

 

高坂:「そうなりますね。出来るなら、貴方とこのまま一緒にも居たかった。

    でも、これは規則なんです。すみません」

 

 

 

岸野:「貴方は、このまま、この先も、ずっと此処に居なきゃならないのですか?」

 

 

 

高坂:「それは、わかりません。許してもらえるまで、きっとこのままです」

 

 

 

岸野:「それなら、私が許します・・・! 長い時間、償ったんですよね?

    もう、貴方も・・・、次の人生を・・・。

    私と・・・、一緒に・・・」(急激に眠気が来て、寝てしまう)

 

 

 

高坂:「ありがとうございます。岸野さん、今の貴方なら、来世ではきっと上手く行きますよ。

    おやすみなさい・・・」

 

 

 

 

長い間

 

 

 

(来世)

 

(朝の街路樹)

 

 

 

 

岸野:「うわ~、今日は良い天気。何か、良い事、ありそうかも~。・・・きゃっ」

 

 

 

吉井:「きゃっ」(同時に)

 

 

 

岸野:「すみません・・・。御怪我は、ありませんでしたか?」

 

 

吉井:「いえ、大丈夫です。そちらも、御怪我は、ありませんでした?」

 

 

岸野:「ええ、大丈夫です」

 

 

吉井:「良かったです」

 

 

川瀧:「お~い、そんなにはしゃいで、急がなくても良いだろう・・・」

 

 

吉井:「ごめんなさい」

 

 

岸野:「そちらの方は?」

 

 

吉井:「夫です。ほらっ、貴方、ご挨拶して」

 

 

川瀧:「どうも、初めまして・・・」

 

 

岸野:「初めまして」

 

 

川瀧:「妻を助けていただき、ありがとうございました」

 

 

岸野:「とんでもないです」

 

 

川瀧:「あのう・・・、もしかして、何処かでお会いした事、ありますか・・・?」

 

 

岸野:「え?」

 

 

吉井:「貴方ったら、いきなり何、訊いてるのよ。ほらっ、早く謝って・・・」

 

 

川瀧:「あっ、いや、何か、すみません・・・」

 

 

岸野:「いえ、気にしてませんので。・・・それに、私も同じ事、考えてました」

 

 

吉井:「え? あら、やだ・・・、それじゃあ、私達、何処かでお会いしてたのかも知れないですね・・・」

 

 

岸野:「そうかも知れませんね・・・」

 

 

川瀧:「おい、もうそろそろ行かないと・・・」

 

 

吉井:「それもそうね。それでは、私達はこれで・・・。さっ、貴方、行きましょう」

 

 

岸野:「あのう・・・」

 

 

吉井:「はい?」

 

 

岸野:「どうか、お元気で」

 

 

吉井:「貴女も、お元気で・・・」

 

 

 

 

川瀧:「・・・今日の検診で、男の子か、女の子かわかるかも知れないな・・・」

 

 

吉井:「貴方ったら・・・。まだ気が早いわよ」

 

 

川瀧:「検診、終わったら、いつもの喫茶店で、クリームソーダ、飲みに行かない?」

 

 

吉井:「貴方ったら・・・。もう、仕方ないわね・・・。良いわよ」

 

 

川瀧:「本当に?」

 

 

吉井:「ええ。私も、丁度、飲みたい気分だったの」

 

 

川瀧:「やっぱ、夫婦なんだな~」

 

 

吉井:「え?」

 

 

川瀧:「タイミング、一緒だから、嬉しくなっただけだよ」

 

 

吉井:「もう、貴方ったら・・・。・・・ふふふ」

 

 

 

 

岸野:「仲の良い御夫婦だったな~。私もいつか、あんな風に・・・」

 

 

高坂:「あの~・・・」

 

 

岸野:「はい?」

 

 

高坂:「ハンカチ、落ちてましたよ」

 

 

岸野:「やだ、私ったら、恥ずかしい・・・。どうも、ありがとうございました・・・」(ハンカチを拾い、声の主を見つめる)

 

 

高坂:「どうか、されましたか?」

 

 

岸野:「いえ・・・。何でもないです・・・」

 

 

高坂:「そうですか。・・・それじゃあ・・・」

 

 

岸野:「あの・・・!」

 

 

高坂:「はい?」

 

 

岸野:「やはり、少し話して良いですか?」

 

 

高坂:「ええ、構いませんよ」

 

 

岸野:「こんな事、道のど真ん中で、言われても、可笑しな人と思われると思うのですけど・・・。

    今朝は、不思議な事ばかり、起きてまして・・・」

 

 

高坂:「・・・」

 

 

 

岸野:「貴方で、3人目なんです・・・。・・・以前に、会ったかもしれないと思う人・・・。

    これは、ただの偶然ですか・・・?」

 

 

 

高坂:「世の中には、自分とそっくりの人物が、3人居ると言われてます。

    しかしながら、僕も貴方とは・・・、以前、何処かでお会いしてると、思いました・・・

    そんな事、あるわけないはずなのに、不思議ですね・・・」

 

 

 

岸野:「もし良ければなのですが・・・」

 

 

 

高坂:「はい」

 

 

 

岸野:「また、貴方と会いたいので、良ければ連絡先、交換しませんか?」

 

 

 

高坂:「・・・う~ん、それは止めときます」

 

 

 

岸野:「そうですよね・・・。いきなり、変な事、言った上、

    会って間もないのに、駄目ですよね・・・。・・・ごめんなさい・・・。それじゃあ、私はこれで・・・」

 

 

 

高坂:「待ってください!」

 

 

 

岸野:「え?」

 

 

 

高坂:「何も、僕は貴方と、連絡先を交換したくないと、言ってるわけではありませんよ」

 

 

 

岸野:「それじゃあ、どうして・・・?」

 

 

 

高坂:「こう思いたいんです。

    連絡先を交換しなくても、縁があれば、また貴方と巡り会える事が、出来ると」

 

 

 

岸野:「素敵な考えですね。・・・それじゃあ、私も・・・、そう思います」

 

 

 

高坂:「ありがとうございます」

 

 

 

岸野:「・・・あっ、それだと、名前、訊くのも・・・」

 

 

 

高坂:「縁があれば、次の機会にでも、御教えします」

 

 

 

岸野:「そうですよね・・・。わかりました。その時を・・・楽しみにしてます」

 

 

 

高坂:「僕も、楽しみにしてます。・・・それじゃあ」

 

 

 

岸野:「それじゃあ・・・」

 

 

 

 

 

(挨拶をして、その場を立ち去る姿を暫く見つめていたが、思わず声をかける)

 

 

 

岸野:「あの・・・!」

 

 

 

高坂:「はい」

 

 

 

岸野:「どうか、お元気で・・・!」

 

 

 

高坂:「はい。貴方も、どうか、お元気で・・・!」

高坂:「・・・来世を思う存分、楽しんでください・・・。・・・岸野さん」(小声)

 

 

 

 

 

岸野:「・・・いつの日か、また・・・(小声)

    さ~て、美味しい珈琲でも、買って帰ろう・・・」

 

 

 

 

 

 

終わり